3 実力差


 パンパンパンッ。

 住宅街から離れたところにある普段は静かなレト伯爵の屋敷から乾いた音が断続的に響いている。


 伯爵家であるだけあって重厚なレンガ造りのその屋敷は普通の民家が2、3軒入ってしまいそうなほど広い。

内装も細部まで気を抜かず美しい細工が施されており、贅沢の限りを尽くした高級家具が揃えられていた。

 だが残念なことに今はそのほとんどが銃撃戦の犠牲となり、見るも無残な姿を晒している。


 そのことについて銃撃戦の中心にいる――つまり率先的に屋敷の破壊活動を行っている――ユースとアーセルはまったくもって罪悪感など感じておらず、むしろひっきりなしに現れるレト伯爵の雇った厳つい男たちをどちらがたくさん沈められるかという勝負を楽しんでいた。

 もちろんシュナイザーから殺してはいけないと言われているので戦力を奪っているだけだが、二人の周りには腕や腹を撃ち抜かれて苦しんでいる者や、中には気を失っている者もいる。

 伊達にディベールスに所属しているわけではない二人は無傷だ。


「はい、終了ー。俺26」

「うわー、俺23。なんだよまたお前の勝ちかよ」


 ガクリと肩を落としてうなだれるアーセルに悪いなと笑って、ユースは新しい弾を込める。


「射撃は得意なんだ。ほぼ毎日、朝部屋に不法侵入してくるやつがいるから」


 ニコリと笑うユースにアーセルはそっと腕を擦る。


「―――さて。分かれ道だけどどっち行く?」

「俺右ー」

「じゃあ俺は左行くけど油断するなよ」

「しないしない。お前が死んだら骨拾うのは俺なんだからな」


 上から発言になんかむかついたので部屋を出るときに落ちていた木片を投げつけておいた。

 それは見事にヒットしたが小さな木片だったので大したダメージは与えられなかったと思う。

 それでも大げさに痛がるアーセルにユースは白い目を向けた。


「って!こら、あとで覚えとけよ!」


 そんな声を背で聞きながらユースは目的の部屋を目指して走り出す。

 まだこの辺りは先ほどの部屋が近いせいか人の気配はない。

 広いホールから廊下を左に進み、いくつかの部屋を慎重にかつスピーディーに残党がいないかチェックしながらアーセルとの合流地点を目指す。


 (こっち誰もいないな。もしかしてさっきので全部だったとか?)


 だとしたらあまりにもつまらない。

 訓練の方がまだ楽しいと内心ぼやいて次の部屋を無造作に開けようとして、しかし中から確かに人の気配を感じてユースはその手を止めた。

 同時にその部屋の扉から距離をとって銃を構える。


(微かに漂うこの臭い……これは)


 火薬の臭いだ。


 緊張感が一気に高まるが、ユースは冷静に扉の向こうの気配を探り続けた。


 おそらく相手は一人。

銃を持っていてすでに使用済み。

 中で待ち伏せされている可能性を考えると踏み込むのはかなり危険を伴う。

 だが素通りするわけにはいかない。

 レト伯爵に関わりのある者でないとしても一般人が銃を使うのは禁止されている。

 違法行為を働いたとして連行しなければならない。

 

しかし中の相手が一人で、しかも大人しくこの部屋の中に隠れていることがユースに得体のしれない恐怖を抱かせた。

ここに来るまでレト伯爵の部下は馬鹿みたいに猪突猛進に攻めてきた。

中にひっそりと隠れていることなどなかった。

ここには今までとは違う性質のものがいる。

それがただ逃げ隠れているだけならばいい。

しかし何かしらの計画を持ってここに隠れているという可能性もある。


ゴクリと生唾を飲み込む。

 

(くそ……。特攻はアーセルの担当なのに。右行っとけばよかった)


 なぜあの時右を選ばなかったのかと後悔しながらも覚悟を決めゆっくりと扉に近づき、一拍呼吸を置いて思い切り扉を開け放った。

 そして素早く壁に隠れる。


 扉の向こうから銃弾は飛んでこなかった。

 そのことを不審に思いながらも銃を構えて慎重に中へ進む。


 部屋にはたくさんの本棚が並び、その中にぎっしりと本が納められていた。

 どうやら書庫らしいということに気付いて舌打ちしたい気持ちになる。

 死角がありすぎて攻めづらいし、こちらも不意を突かれる危険性が増す。


 (……どこにいる?)


 気配を探りながら奥へと進む。

 足音を消してゆっくりと。

 そしてその先の開けた空間を、本棚に身を隠しながら覗き込んだ。

 

そこは閲覧スペースのようで、カーテンの開け放たれた窓の前に小さな机が一つ置かれている。そしてこちらに背を向けるようにして一人の男が立っていた。

 顔はわからないが、長身で血のように赤い髪を肩甲骨の辺りまで伸ばしている。その背中に標準を合わせ、本棚に身を隠したままユースは静かに告げる。


 「両手を上げてこちらを向け」


 言えば男は素直に指示に従う。

 病的なほど白い肌に黒縁の眼鏡をかけた男はその口元に不敵な笑みを浮かべていた。

 ぞくりと鳥肌が立つ。


 「レト伯爵の仲間か?」


 内心の動揺を悟られないように努めて冷静な声を出せば、「仲間?」と馬鹿にしたように繰り返される。


 「あのような低能とわたしが仲間など冗談でもやめていただきたい。わたしは欲しい本があったのでいただきに来ただけです」


 ほらと身体をずらして机の上に置いてある本を見せる。

 それは開かれた状態になっており、先ほどまで読んでいたのであろうことが窺えた。


 「……ではどうしてあなたは銃を持っていて、使用しなければ臭うはずもない火薬の臭いを纏っているんですか?」


 ジャケットで隠されてはいるが、右腰の辺りがわずかに膨らんでいる。

 銃を持っていることは明らかだった。

 分析した結果を突きつければ、その笑みを消さないまま男は目を細める。


 「さすがソレイユ王国が誇る騎士団の精鋭部隊ディベールスのメンバーだ。しかし困りましたね。わたしはこの後予定があるので、あなたについて行くわけにはいかないんですよ」

 「こっちは色々聞きたいことがある。事情聴取には付き合ってもらわないと困るな」

 「ならば強行突破しかありませんね――」

 「!」


 一瞬のうちに銃を抜いた男が発砲してきたので咄嗟に向こうを覗くために倒していた上半身を本棚の影に引き戻した。


 2、3発、発砲音が続き、音が途切れる。


 その発砲が止んだ瞬間を逃さず応戦しようと身を乗り出せば、開かれたままになっていた本を投げつけられて、タイミングを失った。

それを男が見逃すはずはなく、気付いた時には男が目の前に立っていて、その銃口をユースの額に当てていた。

 

(はやい……っ)


「観察力はまあまあですが、スピードはいまいちですね。実践不足ですよ。ライトフォード公爵」

「なぜ――!」


 名乗っていないはずなのに名を言い当てられて、今度こそ動揺を隠しきれなかった。

 その反応を見て男は楽しそうに笑う。


「ライトフォード家は有名ですからね。銀の髪に紫の瞳。十年前何者かによって一族すべてを滅ぼされた。あなたはその唯一の生き残りというわけだ」

「――っ」


 ドクンと鼓動が大きく高鳴って急に息が苦しくなった。


 脳裏に思い出したくもないあの日の記憶が蘇る。


 幸せそうに笑う父と母。

 突然扉が開いて。

 純白のリビングが真っ赤に染まる。

 その中心に父と母が。


「く……っ」


 うまく呼吸することができず、同時に激しい頭痛に襲われてぐらりと身体が傾いだ。

 足に力を入れるも支えきれず膝をついてしまう。

 

「おやおや、辛そうですね。わたしはもう行きますが、あなたはここで休んでいってはいかがです。ああ、ついでだからいいものをあげましょう」


 言うが否や男は懐から取り出した小瓶を床にたたきつけて割った。

 白い粉が空中に舞うのを見て、やばいと思うもいまだ続く頭痛のせいで思うように反応出来ずわずかに吸い込んでしまう。

 それを咳込んで吐き出そうとしたのがいけなかった。

 逆に大きく息を吸い込む形になってしまい、身体から力が抜ける。


「痺れ薬、か……」


(なんて準備のいい……っ)


 自分の失態を悔やむが、すでに身体は言うことを聞かなくなっていた。

 それを見て男が楽しそうに口角を引き上げている。


「それも即効性のね。ではごきげんよう。銀色の騎士」

「待て……っ」


 先ほど投げつけた本を拾い上げてさっさと部屋を出ていく男を睨みつける。

 この男を逃がすわけにはいかない。

 その思いだけでユースは咄嗟に銃で自らの左腕を撃った。


「――うっ!」


 かすらせるだけのつもりだったが思いのほか深くえぐってしまったようだ。

 だが痛みで痺れは誤魔化せた。

 未だ頭痛の続く頭を抱えながら男の後を追う。

 しかしすでに男の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「くそ!」


 怒りのままにユースは怪我をしていない右手で壁を殴りつけた。

 反動で先ほど打ち抜いた左腕上部が痛んだが、自身の内へ渦巻く怒りのほうが強く気にならなかった。


 ディベールスに配属されてから初めて経験する圧倒的な敗北。


 大体薬を使うなんて卑怯だろうと負け惜しみを言うが、同時に実践ではなんでもありだということも理解していた。

 それに今回の敗北の一番の原因は自分自身にある。


 はあっと大きく息を吐き出して目を閉じた。

 少し冷静さを取り戻す。

 そのことでまた腕の痛みと頭痛が復活してきた。

 

 この頭痛も怪我もあの男のせいだ。

 あの男が余計なことを言ったから思い出したくないことを思い出してしまった。

 普段は意識して思い出さないようにしているというのに。


(この記憶は重過ぎる)

 

 思い出すたびに身体に起こる異変。


 「……いい加減……。思い出すたびに、倒れる癖……治らないかな……」


 十年経った今でも何かのきっかけで鮮明にあの日のことを思い出すことがある。 

すべてを失った十年前の記憶。

 酷い時はあるはずもない血の臭いまでしてきて吐いてしまうこともある。

 乗り越えなければいけないのに、乗り越えられないトラウマ。

 それに縛られて任務さえまともにこなせないなんて。


 「……っ」


 噛みしめた唇から血が滲む。

 ガラガラとディベールスとして積み上げてきたプライドが崩れ落ちる音がする。


 「……とにかく、アーセルと合流、しないとな」


 銃を握りしめ、壁を支えにしながらゆっくりと歩き出す。

 痺れは残っているものの、頭痛は治まりつつあった。

 だが今襲われたら確実に死ぬなと苦笑する。


 しかし幸いなことに目的の部屋に着くまで誰にも出会うことはなく、自分の強運に感謝することになった。


 屋敷の一番奥、アーセルとの合流地点であるレト伯爵の部屋に入ってまず見えたのは胸から血を流して倒れているこの屋敷の主。

そして次にその横に片膝をつくアーセルが見えた。


「あーあ、なにアーセル……。ターゲット、殺っちゃったの…?」


 出血と痛みでだるい身体を支えるために壁に寄りかかったまま笑えば、勢いよく顔を上げたアーセルと目が合った。

 わかりやすく動揺する同僚に、こんな時だというのに小さく笑ってしまった。


「ば――っ。俺じゃねぇよ!来た時にはもう死んでたんだ。俺はてっきりこいつにイラっとしたお前が殺り逃げしたのかと……」

「ヤリ逃げとか言うな。大体やったの俺じゃないし」

「じゃあ誰だよ」


 不機嫌そうに眉を寄せるアーセルを気にせずゆっくりとレト伯爵のもとに歩み寄る。

 思い通りに動かない自分の身体にイラつきながら。


 (あのヤロー、今度会ったら絶対許さない)


「……思い当たるやついたわ。さっきめちゃむちゃ怪しい、やつに会った……。たぶんそいつだ……」

「はあ?どういうこと――っておい!お前血出てるぞ!左腕!それに口も!」


 近くに来てようやくユースの怪我に気付いたらしいアーセルはユースを座らせるとむなポケットから真っ白で清潔そうなハンカチを取り出してその左腕に巻きつけた。

 騎士団養成所では簡単な応急処置も習う。加えてアーセルもユースも普段から怪我が多いのでさすがに手馴れている。


「まさかその怪しいやつにやられたのか?お前が?嘘だろ?」

「いや……これは、自分でやった……」


 そういえば「はあ?」といかにも理解不能だと言わんばかりの顔をするアーセル。


「痺れ薬、撒かれて……。吸っちゃったから、咄嗟に……」

「本当にただの痺れ薬か?」

「たぶんね」

「お前な……。とにかく本部に行くぞ。ちゃんと見てもらった方がいい」

「じゃあ……本部までよろしく……」


 そういってついにユースは身体に逆らうのをやめた。

 力の抜けた身体が倒れそうになるのをアーセルが呆れたようにため息をつきながら、それでも支えてくれる。


「ったく……。回復したらお前が報告書かけよ?この殺しの犯人かもしれねーやつ俺みてねぇし。事情は説明しとくから」

「りょーかい……」

「あーあ、これがディベールスで俺とトップ争ってるやつだと思うと情けねぇーな。油断するなつったのはお前だろ」


 そんなことを言いながらもアーセルはユースの右腕を自分の肩にかけ、その身体を気遣いながらそっと立ち上がる。

 騎士養成学校に入学して以来ずっとつるんでいるアーセルにはなんだかんだで信頼を寄せているので、安心して身体を預けた。

 全体重をかければさすがに重かったのか、軽く怒られる。

 

「こら。ちょっとは自分で歩こうとしろ」

「むり」

「わかった。俺頑張るから部屋の修理チャラにして」

「あ、なんか右手動きそう……」

「ごめんなさい」


 銃を握っている右手に力を込めるふりをすればすぐに謝ってくる。

 本当に撃つことができるはずはないとわかっているだろうにそうしてしまうのは、普段のユースが何の躊躇いもなく撃つ人物だと知っているからか。

 怯えたように顔を引きつらせるアーセルを見てまた笑ってしまった。


「何笑ってんだよ」

「べつに…。なんでも…」

「嘘つけ。楽しそうにしやがって。どうせ自業自得とか思ってんだろ」

「わかって、るんじゃん…」

「うるせー」


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