2 お咎め


 コンコン。


「シュナイザ―隊長。ユース・ライトフォードです」

「どうぞ」


 アーセルとは違い余裕をもって起きたユースはシャワーを浴びた後しっかりと制服に身を包み、ディベールスの寮と同じ敷地内にある王城に出勤した。

 真っ先にやってきたのは王城内にあるディベールスの執務エリア。その中の最奥にある隊長室だ。


 ディベールスは少人数の部隊で各自の登城時間が異なる場合がほとんどなので、任務に就く前にまず隊長に報告しなければいけない。

 面倒だが、緊急時に誰がどこにいるかを把握していなければ指示が出せないとわかっているので毎回しっかりとここを訪れている。

 本来騎士団の本部は王都の中心にあり、各部隊の隊長室もそこにあるのが普通なのだが、ディベールスは王直属の部隊となるため特別に王城内に隊長室がある。

 ちなみに隊員の執務室は隣だ。


 「失礼します」


 丁寧に一礼して奥に進むと、朝一の任務を終えてちょうど報告に来ていたのか大きな執務机の前に立っていたアーセルと目が合った。

 すると嫌味っぽくおそよーとアーセルが言ってきたので、ニコリと笑っておそよーと返しておいた。

 そんなユースをつまらなそうに一瞥したアーセルは再び視線を前に戻す。

 ざまーみろと思いながらアーセルの隣に並ぶ。

 それでようやくアーセルに隠れていた隊長、ルモア・シュナイザ―の姿が見えた。


 ディベールスの白い制服とは対照的な艶のある黒髪を胸の辺りまで伸ばし、それを右肩の辺りで緩く縛って前に流している。

 優しく細められた瞳も漆黒で、その手にはいつも通り繊細な細工が施された鉄扇が握られていた。


「ユース・ライトフォード、ただいま着任いたしました」


 敬礼してお決まりの言葉を紡げば、シュナイザーもいつも通り「おはよう。今日も頑張ってね」と返してくる。

 物腰が柔らかい印象を与えるが、これでも数年前まで騎士団団長を務め、その功績を認められてディベールスの隊長に任命された実力者なのだ。

 その見た目に騙されてはいけない。


「ああそうだ、今朝の騒ぎのことで君にも話を聞きたいからちょっと残ってくれるかな」

「今朝?」


 何のことですかと首を傾げれば、隣から「朝俺を撃ち殺そうとした件だよ」と告げられる。

 それでようやくああと納得した。


「今朝どこかの女好きで酒好きの露出魔が俺の部屋に不法侵入した件ですね」

「おいこら、それは誰のことだ」

「自覚がないなら言ってやろうか。俺の隣りに立ってる金髪男のことだよ」

「ああ?じゃあこっちも言うけどな。お前だって女遊びしてるだろーが。町娘限定だけどな。ああ、女官が相手にしてくれないから町で遊んでるのかー。ごめんなー、綺麗どころばっかりもらっちゃってー」

「俺は遊んでるわけじゃない。話しを聞いて情報を集めているだけだ」

「俺だって一緒に飲んで話して情報集めてるだけだ」

「お前はさらに寝てるだろ」

「せっかくなら楽しまないとな」

「ヤるならプライベートでやれ。任務中に抜け出してどこで何をやってるか、情報入ってきてるんだぞ」

「おいそれどこからの情報――」


 パンッ!


 突然の音に二人の肩が跳ね上がり、同時に言い争いも止まる。

 音源に視線を戻せば怖いくらいの笑顔でシュナイザーが微笑んでいた。


「はいそこまで」


 二人の言い合いに終わりが見えず、シュナイザーが机を鉄扇で軽く叩いて強制的に終わらせたのだ。


「その話は置いといて。今は酔ったアーセルがユースのベットに潜りこんで、ユースが発砲した件についてだよ。ユース、私的な銃の使用が禁止されていることは知っているね?」

「はい」

「よろしい。では当然その処分を受けて貰うことになるよ。もちろんその原因となったアーセルにもね。異論はある?」


 確認するシュナイザーに顔を見合わせた二人は思いきり嫌そうな顔をしたが、その後で声をそろえて「ありません」と返した。

 それにシュナイザーが一度大きく頷く。


「では処分を与えます。今から六番街にあるレト伯爵の屋敷に行って、屋敷の主であるキャバレン・レト伯爵を捕まえてくること」

「レト伯爵って言えば前々からよくない噂がありましたよね」

「武器の密輸に陛下の暗殺計画ってやつ?」


 そんな人物を一人捕まえてくるだけで今回のことがチャラになるなら安いものだ。

 レト伯爵は無駄にたくさんの警備や護衛を雇っているらしいが、ディべールスの二人にとっては朝飯前である。

 だが一つ疑問が。


「シュナイザー隊長。別にいいんですけど、それは騎士団の仕事では?」


 ディべールスは基本王族の身辺警護や城内警備が仕事だ。

 今回の案件は街の治安維持が任務内容に含まれる騎士団の仕事のはずだった。


 ユースの疑問にシュナイザーが頷く。


「普通はそうなんだけどね。レト伯爵の屋敷は構造が複雑で大人数が一斉に行動するには向いていないんだ。だからディべールスから人を貸してくてって頼まれてしまってね。殺さなきゃ好きにやっちゃっていいから、存分に暴れておいで」


 暴れてもいいという言葉にわかりやすく二人の目が輝いた。

 ディベールスは王の身辺警護やその執務室、私室の警備が主な仕事なので、街の治安維持を仕事にしている騎士団のように暴れられることが少ない。

 元々そんなに大人しい性格ではない二人はそのことに少なからずストレスを感じていたので、シュナイザーの命令はむしろありがたい話しであった。


「もちろん銃の使用許可は下りますよね?」

「当然許可するよ」

「では準備ができ次第出発します」

「怪我のないようにね」

「アーセルはともかく俺は心配いりません」

「お、言うねぇ。その言葉忘れるなよ」

「どっちが」

「はいはい。ケンカしないで行った行った」


 また言い合いを始めた二人を呆れたように見ながら再びシュナイザーが鉄扇で机を叩く。

 その音に仕方なく口を噤んだ二人は失礼しますと睨み合いながら退出していった。

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