恐るべしドクタードルフィン

 僕が最近のニュースで最も戦慄したのは、ドクタードルフィンという人物(本名 松久正)のことだ。

 本業はカイロプラクティック医師らしいが、とにかくプロフィールに載せてることがすさまじい。「高次元医学」というもので薬や手術をまったく使わないのだという。「人間存在として進化・成長を求める方、生きがいや生きる力を必要とする方、難病を患われている方、原因不明の疾病や難治性疾病、精神疾患、人間関係や家庭環境の問題で苦しまれている方、どなたでも受診できます」とのこと。その治療法は「遠隔診療」と呼ばれるもので、「超次元・超時空間での松果体の覚醒を目的としており、対面より高度です」という。

 昔のSFファンなら思わず「懐かしい」と叫んでしまうフレーズの数々(笑)。いやー、「松果体」なんて古臭い単語をまた目にするとは。昔は脳の構造がよく知られてなかったんで、松果体がテレパシーの送受信器官だという説があったんだよ。今は顧みられてないけど。

 このドクタードルフィン、最近のコロナウィルスについても頻繁に発言しているのだが、それも恐ろしいことばかりだ。なんとコロナウィルスは「物質じゃない」のだそうだ。その著書『ウィルスの愛と人類の進化』では「コロナは567は、ミロク369だった!」と説いているという。

 そして自分は88次元の存在であり「微生物の想いを代弁する」のだと主張している。88次元って、ぴあのでさえ6次元までしか認識できないって言ってるのに(笑)。

 さらにこのドクタードルフィンは驚くべき新説を披露する。「コロナウィルスは生き物ではない」というのだ。ウィルスは人間の思念が形になったものだという。だから人間が努力して病気を食い止めようとしてもすべて無駄である。むしろコロナウィルスの意思を尊重して自由にやらせるべきなんだと。そうすれば勝手にコロナウィルスは活動をやめ、一週間もしないうちにみんな収まるだろうというのだ。もちろん今は一週間なんてとっくに過ぎている。

 なんでそんな「説」が信じられるのか不可解だが、それがトンデモさんというものだから仕方がない。

 しかし、これだけでは新しいトンデモさんが現れたというだけのことで、新味はない。

 驚くべきは、安倍晋三首相の妻の昭恵夫人がこのドクタードルフィンのファンだということだ。『週刊文春』4月23号の記事によれば、インフルエンザ等対策の法案が可決された前日の3月15日、昭恵夫人がドクタードルフィンとその信者50名を連れて大分県の宇佐神宮に参拝したというのだ。

 国会でこの事件について追及を受けた安倍総理は「対策法が可決する前だ」「三密には該当しない」などと下手くそな言い訳に終始しているが、議論の焦点がそんなところにないのは明白だろう。今のこのご時世に団体で旅行する? そもそも現代科学を根本的に否定している人物やその信者たちの集団だ。感染予防対策なんぞしていないだろう。

 内閣総理大臣の妻、いわば日本のファーストレディが、トンデモにどっぷりはまっていることが明らかになったのだ。政権がひっくり返ってもおかしくないほどの大スキャンダルである。

 しかし、今のところはそんな大騒ぎにはなっていない。それが僕には不気味でならない。みんな、こんな騒ぎなど何もないかのように振る舞っている。

 以前から思っていたのだが、世間の大半の人は、トンデモに対するリテラシーを持ってないのではなかろうか。


 分かりやすい例であげるなら、『水伝』……『水からの伝言』というトンデモ本がある。「水は字が読める。人間のように考えることができる」というトンデモ本だけど、大ベストセラーになり、教師が真に受け、日本中の小学校や中学校で信じられてしまい、火消しにはずいぶんかかった。

 同様に『ゲーム脳』『買ってはいけない』もアホな説なのに大勢の人が信じてしまい、打ち消すのに何年もかかった。血液型性格判断などは、もはや日本人の中に深く根を張ってしまっており、取り除くことは不可能な現状だ。(『ニセ科学を10倍楽しむ本』ちくま文庫を参照)

 だから、ドクタードルフィンの本がこれから日本人の間に広く受け入れられるだろうことは、十分に予想できる。安倍昭恵夫人が推薦する本なのだ。売れないわけがあろうか。 


 コロナウィルスが去っても油断はできない。その後に暗黒の時代がやってくる。ドクタードルフィンが世界の真理(と思い込んでいる)ものを人々に伝授している世界、まともな医学が白い目で見られている世界が。。

 僕はそれが恐ろしい。

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