僕は「キャンキャン」なんて言ってない

 妻が妙なことを言い出した。家に来るリハビリの先生(三人いる)に向かって、僕が「キャンキャン言っている」と言うのだ。


 もちろん僕はそんなことは言ってない。発音が不明瞭なうえに、言葉が思うように出てこないことで、ついつい他人とのコミュニケーションが不具合をきたすのだ。僕の言いたいことが百分の一も伝わらないものでうまく伝わらないので、もどかしい。それで妻はいらだって「キャンキャン」と言ってしまうのだろう。

 困るのがどうも妻が本気でそう思っているらしいことだ。僕が他人に対して「キャンキャン言っている」と信じ込んでいるんじゃないかと。

 妻に対していちいち説明するのも面倒だし、放っておいてもたいして害があるわけではないので、そのままにしているのだが。


 でも、身内に対してならともかく、不特定多数の大人数に対してそんなデマを流されたら……と思うと、なかなかシャレですまないことがある。

 よく話題にするが、はるかぜちゃんのこと。彼女が言うはずのないことを「この前、はるかぜちゃんがこう言っていた」とツイッターで拡散する人いる。もちろん、はるかぜちゃん自身がそれに気がついたら、こまめに検索して訂正してはいるのだが、きりがない。どうもそうした人は明白な悪意に基づいてはるかぜちゃんを攻撃しているのではなく、どういうわけか彼女の言葉を曲解し、軽い気持ちでデマを広めているらしい。

 今の時代、たいていの言葉はネット上に広まる。有名人が問題発言をしたら、必ず残るはず。つまり、はるかぜちゃんが何かの問題発言をしたら、ただちに検索して本当かどうか分かるはず。

 でもそういう発言主は滅多に検索しない。自分で捏造したデマを「はるかぜちゃんがこう言っていた」と信じこんでいる。


 僕にも覚えがある。特に、と学会をやってた頃はそういうデマの多さにあきれた。誰かが「山本弘はこう言っていた」と拡散するのだ。ちょっとしたギャグのつもりらしいこともあるが、かなり深刻なデマの場合もある。

 覚えているのは僕を「御用学者」と読んで攻撃してきた奴がいたことだ。僕が「福島県の農産物をじゃんじゃん食べよう」と呼びかけたことで誤解を招いたようだ。僕が「もちろん出荷前に放射線量を確認し、規制値を上回るものは出荷停止しなくならない」と言っていたのだが。誰かが過去発言を調べれば即座に真相が分かるはずなのだ。

 でも多くの人はそこまで調べない。だから容易にデマに騙される。


 どうも人間というのは(僕の妻のように)事実でないことをあっさりと信じこむものらしい。

 


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