新井素子さんと僕
この文章が表面化している今、僕が書いた原稿が本になっていると思う。『新井素子SF&ファンタジーコレクション② 扉を開けて 二分割幽霊綺譚』(柏書房)。新井素子さんの四十年以上の作家生活を回顧したした作品集である。
そして、その本に乗せた僕の原稿も最近のものではない。SF同人誌『星群』1984年7月に掲載された評論の再録だ。こんな貴重なものを発掘してくださった編者の日下三蔵さんには大感謝である。
ご存知の方も多いだろうが、僕と新井さんは、1978年、ともにSF雑誌『奇想天外』の新人賞に応募し、佳作入選した関係である。『奇想天外』誌の受賞パーティには、選考委員だった小松左京氏・星新一氏・筒井康隆氏も同席しておられた。あこがれのベテラン作家たちが勢揃いする中で、とりわけ異彩を放っていたのが新井さんだった。
当時、高校三年生!
その頃は僕も若かったけど、その僕よりもさらに四つ歳下!
おまけにかわいい!
受賞作「あたしの中の……」はもう読んでいたので、「この女の子があんなすごいSFを書くのか!」という衝撃がすごかった。
さらに、新井さんはほんの数年間に代表作を次々に発表して、たちまち人気作家になった。『いつか猫になる日まで』『グリーン・レクイエム』『扉を開けて』『ひとめあなたに……』『二分割幽霊綺譚』……当時、新井素子ファンを自認していた僕は、その作品の大半を読んでいた。特に傑作破滅SF『ひとめあなたに……』は、近年『BISビブリオバトル部 世界が終わる前に』で取り上げたほどだ。
その頃の新井さんの作品がどれほど先進的だったか、『扉を開けて』を読んでみれば分かる。主人公は大学生の根岸美弥子。実はちょっとした物体なら動かせる超能力者。友人の斉木杳はテレポーター。山岸桂一郎はライオンに変身する能力がある。この三人がファンタジー風の異世界〈中の国〉に召還され、動乱に巻き込まれて、やむなく民衆を救うために立ち上がる……という話である。サブヒロインである女戦士のラ・ミディン・ディミダも魅力的。
このストーリーを読んだあなたは「なあんだ、よくあるラノベじゃないか」と思うだろう。しかし、『扉を開けて』は1981年の作品なのだ。新井さんが20歳の時! 日本ではようやく栗本薫の『グイン・サーガ』が書かれはじめた時代であった。まだ『アルスラーン戦記』も『ロードス島戦記』も存在していない時代である。(『扉を開けて』は86年にアニメ映画にもなっているそうだが、あいにくと僕は見ていない)
その内容についても新しくて、たとえば美弥子が敵の大軍と戦うシーンで、
「やだやだ敵さん、近づかないで! 近づくと正当防衛で斬っちゃうぞ!」
って言ってんのにい! 性こりもなく、敵さんぞくぞくとおしよせてくる。あーん、もう、斬っちゃうんだってば!
と書いてあるのだ。
この〈新井素子文体〉は当時のSFの中でさえ反発する古い人がいたもんだけど、僕らは逆に「新しい!」としびれたもんだ。
あと『いつか猫になる日まで』も良かったね。このタイトルでまさか宇宙戦争ものだなんて思わんわ(笑)。新井さんの処女長編である。
今では時代がすっかり変わり、こんな文体なんてラノベでは当たり前。『すれいやーず!』なんかそうだよね。僕の『ギャラクシー・トリッパー美葉』とかも。要するに文体なんて時代とともに変わるもの。古い原則になんか縛られることはないのだ。(新井さん自身は小林信彦の『オヨヨ大統領』シリーズの影響だと言っている)
さてその頃、僕は何をやっていたか。
スタートラインは同じだったはずなのに、大幅に出遅れていた。ひどいスランプに陥り、何年も原稿が書けなかったのである。先に紹介した『星群』の評論にしても、スランプで小説が書けなかったからこそ逆に書けたようなものだ。
スランプとは言え、ぽつりぽつりとは書けていた。この〈カクヨム〉に掲載した『星の舟』『パワーズ・オブ・ラヴ』『砂の魔王』『月下の魔宴』はその頃の作品。僕が新井さんに追いつこうと七転八倒していた時代である。でも、なかなか追いつけなかった。
結局、僕が〈グループSNE〉に入社し、処女長編『ラプラスの魔』で再デビューを果たすのは1988年のこと。新井さんに十年も差を開けられてしまった。
だから僕は今も新井さんを尊敬している。まぎれもなく、彼女はこの時代を築き上げた偉大な作家だから。
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