恐怖の大王はまだここに

 先日のテレビ番組に『ノストラダムスの大予言』の五島勉が出ていた。


 テレビの取材には一切応じないとのことで、音声のみの出演だったのだが、

「子供たちには謝りたい。子供が読むとは思っていなかった」

「ちょっと書き方を間違えて。初めに1999年って出てるでしょ。そっちのほうしか読まない」

 と、自分は「ちょっと」間違えただけで、まるで読み方を間違えた読者の方が悪いかのような口ぶりである。


 だが、そんな言い訳は通用しない。

 ノストラダムスの予言には「1999年に人類は滅びる」なんて書かれていない。彼は自分の予言を「3797年まで絶え間なく続く出来事の予言である」と書いている。人類が1999年に滅びるとは、彼は考えてなどいなかったのだ。それを「1999年人類滅亡」と言い出したのは五島氏である。

(高校時代、僕は『大予言』よりも先に高木彬光の『ノストラダムス大予言の秘密』を読んでいたので、騙されずに済んだ。しかし同じ高校の後輩の中にも、騙されていて、「1999年に死ぬんや」と言ってた奴はいる)

『大予言』シリーズの中には五島氏の創作した噓もたくさん含まれている。「ブロア城の問答」とかね。またノストラダムスの予言の中には「日本に救世主が現れる」というくだりがあるという。もちろんそんな予言は存在しないのだが、五島氏がそれを『大予言』シリーズでそれを解くようになって以来、「ノストラダムスは日本から救世主が現れると予言した」(うちの教祖様こそその救世主だ)というカルト団体が続出した。

 そのうちのひとつがオウム真理教である。

『トンデモノストラダムス本の世界』で僕は、「五島氏が『大予言』シリーズを書かなかったら、地下鉄サリン事件は起きなかったに違いない」と書いた。


 驚くべきは、先日のテレビを見ていて、五島氏の言い訳を信じた視聴者が大勢いたことである。「五島さんは悪くない」とか、中には「そんなの信じてた人間なんていない」などと歴史の捏造を企む者もいるぐらいだ。

 そんな奴はひょっとして、自分の過去と向き合うのが怖いのだろうか。自分はいつの時代でも冷静かつ沈着で、デマに惑わされしないと信じたいのだろうか。いや、人間はデマに騙される。『ノストラダムスの大予言』のような、ハチャメチャな大噓本でさえも。

 僕はこれまで『トンデモノストラダムス本の世界』や『ニセ科学を10倍楽しむ本』で、五島本の嘘を暴いてきた。しかし、その効果があったような気がしない。とにかく出版部数に圧倒的な差がある。『ノストラダムスの大予言』は250万部も売れたのだ。僕ごときが何を書いても、足元にも及ばない。

 何にしても五島氏をそんなひどく批判する人はいない。騙されたことに腹を立ててる人はいるが、その程度なのだ。


 これは必ずしも『ノストラダムスの大予言』に限った話ではない。

 今の世の中には、明らかに間違った内容の本であっても、多くの読者に支持され、ベストセラーになったものが多い。『水伝』、ホメオパシー、最近では胎内記憶。たまにそれが批判を受けても無視される。

 ものを言うのは「数の力」なのだ。「数の暴力」といってもいい。

 これからも何度でも、人は騙されるだろう。


 

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