僕の信じること

 前に書いたが、今の僕の知能指数は、普段より10か20は下がっている。いや30は下がっているかも。

 たとえば今、僕は二桁の引き算ができない。

 一桁の足し算や引き算ならどうにかできる。一桁のかけ算も、九九を暗記しているからできる。2×3が6で、2×4が8、2×5が10……ときて、9×9が81までなら楽に言える。

 だが、二桁の引き算となると、とたんに難しくなる。

 たとえば、73引く38とかの問題。ええっと、3ひく8だから、一の位がたぶん……。

 とまあ、今の僕には難しすぎる問題なのだ。もちろん、二桁のかけ算、二桁の割り算とかも。

 ああ、でも13週がだいたい3ヶ月だってことは分かるぞ。1クールだから(笑)。4クール、つまり約1年が12ヶ月だということも。そのへんは基本的事実として押さえている。

 だが、それ以上のことは、僕の脳では処理しきれない。


 そうなると、今の僕の判断力は信用できないことになる。当然だ。簡単な計算もろくにできない奴の言うことを、何で信じられる?

 では、いったい何を信じるのか?


 そこで僕が考えたことは、「昔の自分を信じろ」ということである。脳梗塞になる前の自分が書いたものなら、まずは信用していいはずだ。

 一例を挙げるなら、放射能デマだ。

 福島第一原発の事故からもう何年にもなるというのに、未だに非科学的なデマを唱え続ける者がいる。福島の野菜は危ないとか、健康被害が起きているとか。

 僕が放射線が人体に与える影響について調べたのは『地球移動作戦』(ハヤカワ文庫)を書いた頃。まだ福島第一原発の事故が起きる前である。宇宙飛行士が4シーベルトを超える被爆量を経験し、死亡するシーンを書いた。以後はその時に学んだ知識を活用し、『ニセ科学を10倍楽しむ本』(ちくま文庫)『検証大震災の予言・陰謀論』(文芸社)『14歳からのリスク学』(楽工社)といったノンフィクションを書いた。素人ではあっても、放射線に関しては一般人よりもよく知っていると自負している。

 だからこそ放射線デマをまき散らす奴は許せない。

 放射線デマを広めている奴は、もしかして自分が正義の側だと勘違いしてるのかもしれない。東電や政府関係者に、原子炉事故という重大な罪に対する罰を与えるのだ。これは正義だから何をやっても許されると。

 冗談じゃない。デマで被害を受けているのは、何の罪もない福島の農業関係者だ。

 罪のない者を傷つけるのは断じて正義じゃない。「悪」である。


 ちなみに僕は昔から反原発派である。

 反原発だからこそ、科学的に間違ったこと言って言う奴が許せないのだ。原発があってはならないと思うのなら、それこそ厳密かつ科学的に原発について論じるべきではないのか。なんとなく、ふんわりとした気分で、「げつぱつってこわいよね」とか言われても信じられん。実効線量計数くらい計算したうえで論じてほしい。

 ちなみに、『14歳からのリスク学』で論じたように、人間は何もしていなくても、自然界に存在するカリウム40によって、生殖腺に年間018ミリシーベルト、骨に年間014ミリシーベルト被曝していると言われる。何もしていなくても人はこれぐらい被曝しているのだ。つまりコンマ何ミリシーベルトという被爆量は、日常的に経験しているものであり、騒ぐようなものじゃない。

 なお、こうしたデータはもっぱら、原子力資料情報室という反原発系のサイトから引用している。「御用学者の言うことは信用できない」と主張する連中を黙らせるためだ。反原発のサイトを信じられないなら、そもそも何を信じるのか。


 原発事故が起きたのは事実である。そのことで東電や政治家を非難するのは間違いではない。

 だが、放射能デマはまったく違う。被災した人々をかえって苦しめ、安全な農作物を危険なように見せかけ、金銭的な被害も与えている。

 これは「悪」と断言してよかろう。

 

 世界には、物事を常に「白」か「黒」かという二分法で割り切ろうとする人が多すぎる。

 与党と野党、権力と反権力、右翼と左翼。そして、天然と人工。

 どちらか一方を「悪」と決めつける人間のいかに多いことか。

 ある人間なり勢力なりを正義か悪かと判断する基準は、それが多くの人間に迷惑をかけているかどうかなのに。

 そんな基準を持たない人間に、正義を語ってほしくない。

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