僕か安田純平氏を応援するわけ

 僕が脳梗塞で倒れていた間、ネットのニュースで世の中をことをいろいろと知った。退院してもしばらくは続いた。

 なかでも僕が注目をしていたのは、イラクで拘束されていた安田純平さんが解放されたニュースだった。もう忘れている人が多いかもしれないが、当時、日本では安田さんを非難するような声があいついだ。バッシングと呼べるような熾烈さだった。僕はその論争に参加できず、悔しい思いを味わった。

 その頃の僕はスマホの記事は読めても、書きこむことは無理。ある意見に反対することも賛成することもできず、記事をリツイートすることしかできなかったのだ(今もその不自由さはあまり変わっていないが)。


https://dot.asahi.com/dot/2018102900060.html猿田佐世「安田純平さんへの自己責任論がイラク人質事件の時より悪質になった理由」 (1/4) 〈dot.〉|AERA dot.


 僕はなぜ安田氏を擁護したい思ったのか。安田氏に限ったことではない。戦場ジャーナリストという人すべてを応援し、彼らを罵る連中に怒りを覚えていたからだ。

 その心情は二〇一五年にも出版した『BISビブリオバトル部 幽霊なんて怖くない』に描いた。〈戦争〉をテーマにした図書館のビブリオバトルで、埋火武人くんが一冊の本を紹介するくだりである。

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「二〇一二年八月二〇日、ジャーナリストの山本美香さんが、シリアで亡くなられました。内戦が続くシリア北部の都市アレッポで、反政府軍に同行して取材中、政府軍の兵士と遭遇し、いきなり撃たれたんです」

 彼は不気味なほど静かに話しはじめました。

「そのニュースが報じられた直後、2ちゃんねるにスレッドが立ちました。そのタイトルはこういうものでした──〈山本美香って単なるアホだろ〉」

 場内は静まり返っています。

「そのスレッドの発言者たちは、亡くなった山本さんをさんざん嘲笑っていました。“独りよがりな正義感で情勢不安定な国行って殺されてりゃ世話ないよな”とか“はっきり言って、どうでもいい。ニュースの価値はゼロだ”とか“山本っておばさん粋狂な人なんだな”とか……実におぞましい、非人間的な暴言が並んでいました」

(中略) 

「僕は当時、それを読んで、本気で腹が立ちました。この人たちは山本美香さんがどんな人だったか知っているんでしょうか? 彼女がどんな思いで危険な場所に行っていたのか──彼女が書いたものを読んだことが、一度でもあるんでしょうか?」

(中略)

「ここに山本さんの本を持ってきました。『戦争を取材する 子どもたちは何を体験したのか』。二〇一一年、山本さんが亡くなられる前年に出版された本です」

 表紙には笑っている二人の子供の写真。どこかの紛争地帯の子供でしょうか?

「この本は講談社が出している〈世の中への扉〉という小学生向けのノンフィクションのシリーズの一冊です。そして、山本さんが生前に出した最後の本でもあります。いわば山本さんの遺言と言えるでしょう。

 なぜ山本さんの本の中からこれを選んだのか? それは──」

 と、客席の中の子供に向けて、軽く表紙を突き出します。

「大人だけでなく、ぜひ子供に読んでほしいからです。戦場ジャーナリストというのがどんな仕事なのか、知ってほしいからです。山本さんはいったいどんな気持ちで、命の危険を顧みず、世界の危険地域をめぐっていたのか──安全な日本にいて、何も知ろうとせず、亡くなったジャーナリストを“ただのアホだろ”と罵るような、そんなダメな大人になってほしくないからです」

 ああ、怒ってます! 武人くん、すごく怒ってます!

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 そう、僕はあの時、本気で怒っていた。

 山本さんが亡くなられたとき、2ちゃんねるに非人間が暴言が並んだスレッドが立ったのはのは事実である。僕がそれを読み、作中の埋火くんと同様に激しい怒りにかられたことも。そしてせめて小説の中ででも、亡くなられた山本さんの不名誉を回復したいと願ったのだ。

 みんな読んでくれ、山本さんの『戦争を取材する』を。本当に泣けるいい本だから。

 もちろん『ぼくらの太平洋戦争』も『戦場における「人殺し」の心理学』も『特攻 バンカーヒルと二人のカミカゼ』も『馬の首風雲録』も『軍靴のバルツァー』もみんないい本だけどね。

 とりわけ『バンカーヒルと二人のカミカゼ』のボイラーのくだりにはマジで泣けた。


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