第8話 どうしようもなく疲れた

 この連載をやっていると、多くの方から励ましのお便りをいただく。もちろん嬉しいし、大歓迎なのである。

 ただ中にはごくまれに「えー」と叫んで脱力してしまうお便りもある。

 この連載の第1回、「上手いカレーと服部半蔵」に寄せられた恵比寿ヒナタさんという方のお便りである。


*********************

確かに史実においては松尾芭蕉と服部半蔵は違う時代に生きた人ですが

、僕も「実際に」見たわけではないので、結局のところ

「本当かどうか」はあまり分からないんですよね。

********************


 僕がわざわざ二人の生没年を書いたのに、この人は「「実際に」見たわけではないので、結局のところ「本当かどうか」はあまり分からない」のだそうだ。

 腹は立たなかった。その代わり、深く脱力した。

 それこそ「えー」と言いたくなるほど。

 だが、これが現実だ。恵比寿ヒナタさんは特殊な例ではない。『やりすぎ都市伝説』シリーズは何度も放映され、高い視聴率を獲得している。つまり服部半蔵の生没年など気にしない人間の方が当たり前なのだ。昔のことなので、本当かどうかはあまり分からないと。

 恵比寿さんはこうも書いている。


**********************

もちろん。都市伝説のほとんどはしんようできるものではありません。

ですから、残りのあとわずかを考えてみるのが楽しいことです。

中には事実もありますので。おそらく。

ですから、あまりお気になさらなくて大丈夫だと思います。

*******************


 都市伝説マニアとしてはこれは看過できない発言なのだ。

『消えるヒッチハイカー』などのブルンヴァンの都市伝説本(おそらく恵比寿さんは読んでおられないだろう)は読めば分かるが、都市伝説の大半は根も葉もないデタラメである。ごくごく稀に事実であったことが都市伝説研究家によって証明されることがあるものの、本当に珍しいことなのだ。

「あまりお気になさらなくて大丈夫」だって? 何の根拠があってそんなことを言えるのだ。なんの根拠もない都市伝説を平気で信じることがどれほど危険なことなのか、わかっているのか?


*************************************

(【世にも不思議な怪奇ドラマの世界】より)

 歴史を見れば1923年の東京で、関東大震災の直後、「朝鮮人が暴動を起こした」というデマを信じた人々による大量虐殺が起きている。犠牲者の中には、朝鮮人と間違えられて自警団に殺された日本人も多数含まれていた。自警団は怪しい人間を見つけると、「十五円五十銭」と言わせ、上手く発音できないと朝鮮人だとみなして殺害した。当然、聴覚障害者や知的障害者、地方から上京してきたばかりの人も犠牲になったのだ。

「疑惑」のようなことは、かつて日本で実際にあった。これからだって起きないとも言い切れない。僕らが普段、虐殺などしないのは、単に周囲の日常が平穏だからにすぎない。その平和が乱された時に何が起きる?

 2016年4月、熊本で大きな地震が起きた直後、「熊本の朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだぞ」というデマが流した奴がいた。それも1人や2人ではなく、ものすごくたくさん! 8月の広島の土砂災害でも「広島の被災地で在日韓国人が火事場泥棒開始」というデマが拡散した(広島県警が正式に否定)。関東大震災から80年以上経った今も、デマを流してあわよくばまた大虐殺を起こしてやろうと狙っている者が大勢いるのだ。

*******************************************


 このデマについては、『翼を持つ少女』でもふれた。今の日本では信じられないことに「関東大震災の時の朝鮮人虐殺はデマ」というデマが広まっているのだ。 

 おそらく恵比寿さんと同じく、歴史上の事件について「本当になのかどうかはよくわからない」という人が多いのだろう。記録を読めば分かることはっきり分かることなのに、そもそも記録を読もうとしない人が。


 もちろんこれに限ったことではない。

 前に『ニセ科学を10倍楽しむ本』という本を書いた。中学生の子供との会話という形で、中学生ぐらいの科学知識でも理解できるように書いたつもりだ。

 だが現実はどうか。今でも多くの人が血液型性格判断を信じ続け、犯罪が増えている思い続け、中国産食品は危険だとか思い続け、ホメオパシーやⅠD論を信じている。

 つまり中学生でも分かることでも、分からない人がいるのだ。

 だから、正直言って疲れた。

 もうこんなことはやめようかな、と思う。


 でもやめられないんだ。この世にはデマを流す奴が大勢いるから。悪人とは限らない。むしろ恵比寿さんのような善意の人が多いのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る