整理 その二

 東京出張以来『アウローラ』では物産展出店のオファーが舞い込むようになっていた。その中からゴールデンウィークに開催される大阪での物産展への参加を決め、嶺山は準備に余念がない状態だ。

「いよいよやな」

「おう、今年はこれで止めとくつもりや。あんま手広うやって中パッパにしたないねん」

 彼はここが手薄にならない大阪のみを引き受け、自身で現地アルバイトも見つけていた。

「今回は一人で行けるだけ気楽やわ。アルバイトさんも知り合いで固めとるし」

「せやね、あんま欲張りすぎるんも良うない思う」

 雪路は『アウローラ』の名が一気に広まりすぎるのをあまり歓迎していなかった。そうなると客質の低下が懸念され、古参の顧客を蔑ろにしてしまうような事態だけは避けたかった。

「言うてもまだ二年弱やしな」

「波に乗るのも大事だけどささ、おだち過ぎらさるんはかえって危険だべ」

 浜島と日高も慎重な考えを持っている。嶺山もその点は注視しており、地域ブランドを上げて観光客を呼び寄せる事業展開の方が街の活性化に繋がるのではないかと考えていた。それよりも今は仕事やと取引先用のパンを作り始めたところで電話が鳴る。

「ありがとうございます、『アウローラ』嶺山が承ります」

 フロア業務に余裕があったため雪路が電話に出た。

「アルバイトの面接ですね、ご希望日はございますか?」

 彼女は手にしているボールペンをメモの上で走らせ、相手から伝えられる内容を書き記していく。

「では写真付き履歴書をお持ちになってお越しください」

 雪路は新たな面接を入れてから厨房にいる兄に声を掛けた。

「四日後に面接一つ入ったよ、市立大学入学予定の子で接客希望やって」

「四日後か、移動販売あるなぁ」

 嶺山はカレンダーを見ながら言う。

「せやったら私がする、その日智さん入ってるから」

「それで頼むわ」

 オープン二周年が見え、嶺山は妹の成長に目を細めていた。


 それから四日後の夕方、ほぼ定刻通りに十代後半の女の子が『アウローラ』を訪ねてきた。

「先日お電話させて頂いた山林と申します」

 彼女は昨年二月『オクトゴーヌ』に宿泊していた女子高生で、面接を担当する雪路も顔を見て当時の記憶を蘇らせていた。

「移動パン屋にも来てくれたよね?」

「はい、あん時は『オクトゴーヌ』さんでもお世話になりました」

 面接希望の山林実紗はペコリと頭を下げた。

「雪道大変やったでしょ?」

「質は全然違うと感じましたが、福岡も案外雪降るんで多少慣れてきました」

 雪路は実紗を事務所に上げ、雑談を交えながら彼女の緊張をほぐそうと試みる。彼女は元々人見知りする方ではなく、こういったシチュエーションをさほど苦手としていない。一方の実紗も内気な性格ではないので、積極的に話し掛ける雪路に素直に応じていた。

「福岡やと遠いね」

 雪路は実紗から受け取った履歴書に目を通している。

「はい。進学に伴う一人暮らしは歓迎してくれとりましたが、北海道となるとちょっと揉めました」

「せやろね。何で箱館を選んだん?」

 これだけ可愛い子を送り出すん親御さんも気掛かりやろな……と余計な思考が働いたが、本人は希望に満ちた表情をしているので水を差すような言葉は控えておく。

「市立大学で流通英語ば学びたかったとです。あと修学旅行で地元ん方に親切にして頂いたけん」

「修学旅行が後押しになったんやね。ただ市立大学さんの学生寮からやとウチまで遠なかった?」

 雪路は市立大学学生寮と『アウローラ』が微妙に離れていることを懸念する。地元っ子であれば坂道にも慣れているだろうが、福岡の地理事情が分からないため実紗が極寒の通勤に耐えられるかが未知数であった。

「いえそこまでは感じんやったとです。今日は交通機関ば使いましたが、アクセスも悪うなかし自転車だと十五分もあれば……」

「自転車持ってはるんやね」

「はい、坂道走行も慣れよーし自転車もクロスタイプなんです。練習すりゃイケるて思うとです」

「けど無理はせんとってね、申請は要るけど交通費の支給は一日上限五百円分させてもらうから」

「はい、ありがとうごじゃいます」

 実紗は方言混じりで快活な話し方をする。物怖じしない印象なのでこの子であればすぐに馴染める、雪路はそう直感した。

「大学から距離のあるここを敢えて選んだ理由ってある?」

「はいっ、ここんパンば食べたお陰でパンがばり好きになったとです! どうしぇアルバイトするなら好きなもんに囲まれた場所で働きたかねって思うたんです」

「ウチの味を気に入ってくれてありがとう、ところでアルバイト経験ってあるの?」

 正直経験の有無などどうでも良かったのだが、採用するにしても把握しておいた方がいいかと思いついで気分で訊ねる。

「いえ。一応禁止しゃれとったんもあるんやばってん、わたし自身部活動優先の学校生活やったとです」

 実紗は高校時代ラクロス部に所属し、九州大会まで勝ち進んで充実した部活動生活を送っていた。

「充実した高校生活やってんね」

 帰宅部だった雪路は部活動にさほど縁の無い学校生活を送っていた。その頃から気の合う仲間と自作デザインの洋服を作るようになり、それはそれで楽しい思い出となっている。その後面接は和やかに進み、気付けば予定時間を過ぎていた。お互い好印象を残した状態で面接を終え、実紗はありがとうごじゃいましたと一礼した。

「結果は四月中旬を目処に郵送でお知らせします」

「はい」

 再度一礼して、事務所を出ようとした実紗のバックから何かをぶつけた感触が伝わった。

「あっ!」

 実紗はそちらに体を向けると、落下していく何かに反応してさっと身をかがめ両手を出す。四角いものであること以外認識できていなかったが、それは床に落ちることなく実紗の手の中に収まった。

「ごめんなしゃいっ!」

 彼女はそれを凝視することなく雪路に返却する。

「大丈夫よ、怪我が無いんなら良かった」

「だっ大丈夫です」

 雪路も何の気なしにそれを受け取る。実紗は再度頭を下げてから帰宅の途に着いたのだが、彼女を見送った後に改めて落下物が何だったのかを確認した。

「しもた、コレの存在忘れとった」

 雪路は住居となる二階に上がり、リビングテーブルにそれを置いて業務に戻った。


 夜、業務の片付けを終えた在宅組の嶺山兄妹と浜島は二階のリビングに入る。

「ん?」

 テーブルの異変に浜島が気付く。フォトフレームと見受けられる四角い物体は伏せるようにして置かれていた。

「何コレ?」

 彼は興味の向くままそれを手に取る。

「あぁ、事務所に置きっぱなしにしてたんよ」

 雪路は渋い表情を見せながらも引き留めはしなかった。

「あっそう……ってこれ智君やん」

「おう、去年の今ぐらいに『オクトゴーヌ』さんで結婚式したんや。赤岩さんとこの礼がサプライズで企画しおってモノ自体は良かってんけどな」

 嶺山自身日高と共に渾身のウエディングケーキを作ったのでそれなりに思い出として残っていた。わずか十カ月で離婚してしまったためしょっぱさも感じなくはないが、こればかりは人為的にどうこうできるものではないので仕方がないのかと割り切っている。

「へぇ〜、アレ?」

 浜島はフォトフレームに収まっている結婚式の集合写真に釘付けとなった。

「どないしたんや?」

「あぁ、そういうことやったんか」

「何がや?」

 嶺山に説明を接突かれた浜島は、集合写真を兄妹にも見えるよう角度を変えて最前列中央で小野坂に寄り添うウエディングドレス姿の調布を指差した。

「この女や、夏祭りで見掛けた妊婦」

 彼は鼻持ちならない上品ぶった女をここで見るとは思っていなかったのか、普段よりも声のトーンが下がっている。

「それ智の元嫁やで」

「今それにびっくりしてんねんて。この女香水振って鎖骨見せる服着て色気振りまいとってな、川瀬君コンテスト放っぽってデレデレしながらパレード見とったわ」

「智がおった手前コソコソ付き合うとったんか」

「多分な。こんな女どこがええんや思うとっただけに智君の元嫁やったんかと……」

 浜島は写真で知った思わぬ接点にため息をもらす。

「そんなことならかえって離婚して良かったんちがう? けどこれどないしよう?」

「どっか奥にでも突っ込んどけ、捨てるんはもうちょい後でええやろ」

「せやね」

 雪路は引っ越しで未だ日の目を見ていないガラクタを入れている段ボール箱の中に、気持ちそっと入れてふたを閉じた。

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