整理 その一
村木の妹であり角松の妻でもあったまどかが亡くなって一年をとおに過ぎ、木の葉も一歳三カ月を迎える。赤岩家では少しずつ彼女の遺品整理を始めていた。きっかけは昨年夏に雪路宛の誕生日プレゼントを見つけたことであったが、捨てられないにしても定期的に整理して空気を入れ替えた方が良いのではと、村木と角松が中心になってまどかの部屋への出入りが増えている。
「こうしささってっとさ、何か宝探しみたいだべ」
角松は妻の遺品を手に取りながら楽しそうにしていた。
「んだな、毎度毎度色んなもんが出ささんべや」
村木は収納ボックスに頭を突っ込んで中を漁っている。まどかは昔からサプライズを仕掛けるのが好きで、生前のうちからプレゼントなどをそこかしこに隠しているらしかった。角松家でも木の葉用のプレゼントであろうベビー服が、年末の大掃除で両親の部屋の押し入れから出てきたばかりである。
「家ん方にも隠してるしたからさ、お袋も最近宝探しみたく掃除しささってんべ」
「元々こったらことしささるんは好きだったけどささ、あったら状態でいごき回らさってさ」
それが原因で寿命が縮まったとは考えていないが、身重の体でするには厳しい時もあっただろうにと村木は兄として思うところもある様子であった。
「けどささ、まどかは楽しんでたと思うのさ」
「そうさな……んっ?」
村木はボックスの一番奥からB5サイズのノートを見つけ、パラパラとページをめくってみると彼女独特のしっかりした文字がびっしりと並んでいた。
「これ多分日記だべや」
「えっ? 遠さんが火葬場で入れらさってたんは?」
角松は火葬直前に赤岩が何か入れていたのを思い出す。
「アレは封書だったべ、ノートでねかったさ」
彼は当時の記憶を辿ってそう言うと、見開きページに戻って黙読を始めていた。角松も村木の隣に座り、肩を並べて妻の文字を懐かしむ。
【箱館に来たはいいけど、今回こそ良い病院を見つけたい。腹ん中にいる子を最優先に考えてくれる産科さんであれば自分のことはどうでもいい】
まどかは最初から子供の命を最優先に考えていたのが如実に表れている一文であった。【自分のことはどうでもいい】という考えがあったのは頂けないと感じてしまったが、子供の命を直接肌で感じる女性ならではの発想なのかも知れないと続きを読み進めていく。
【箱館に来てよかった、良い病院も見つかった。『共に生きることを諦めないでください』って言われてハッとした。産む以上育てることをきちんと考えるのは親の努めだって、当たり前のことに目を向けていなかった】
【今日も通院、ひょっとしたらカヨちゃんにはバレてるかも知れない。いずれ言わなきゃなんないけどどう説明しよう? 礼君あたり怒りそうだなぁ、『産んで終わりじゃない』とか言いそう】
妹は当時発した自身の言葉を予測したような文を遺しており、村木の胸の中で熱いものがこみ上げてきた。
「こんのたくらんけが」
そうこぼしながら必死に涙を止め、次のページに進んでも本音を綴る文章を黙読し続ける。
【死ぬことを考えると恐くなる、この子が腹の中で育っていくにつれて不安も大きくなる。こんな時正の顔がまぶたに浮かぶ。けど別れた男のことでくよくよ悩んでもしょうがない。出産に反対された時点で関係は終わってる】
今度は角松の感情がざわつき始める。二人はそれぞれの思いを胸に抱えながら故人の日記を読み進めていた。
【正が転勤でこの街に来てる。私がここにいること実家に聞いたのかな? あの母じゃありえないか、仮に妊娠が無かったとしても門前払いにされてると思う。あの人は自分の思い通りにならないと気が済まない。私は親の人形じゃなくて一人の人間なのに。私の人生を私らしく生きて一体何が悪いのか? 親という肩書きがあれば子供の人生を我がものとして操っていいものじゃないでしょ? 私は子供にそんな思いをさせたくない】
【時々正を隣で感じていたいと願ってる自分がいる、この子を堕ろせって言った男なのに。これまでずっと優しすぎるくらいだったのに、何であの時はあんなこと言ってきたんだろうか?】
【どこかで彼を操っていたのだろうか? 自分にとって都合の良い言動をさせるような態度を取ってきたのだろうか? 思った通りの言葉をくれなかったから腹が立ったのかもしれない。私の体を最優先に考えてくれたからこその言葉だった可能性だってあるのに、当時の私はそういった考えに及ばず半分強引に別れてしまった】
【次来てくれたらそのことだけでもちゃんと謝ろう。そう思って今日も心待ちにしているのに、つまらない意地を張って嫌われる行動を取ってしまう自分が嫌になる。本当は一度でも多く彼の顔を見ていたいのに、遠目でもいいから】
【今日も結局素直になれなかった、こんなだから次来てくれるかどうかも分からない。愛想尽かされて新しい子でも見つけるのかな? 死ぬ可能性がある以上その方が正の幸せに繋がりそうだけど、この思いを残したまま死ぬのは嫌だからちゃんと伝えよう。今も愛してますってちゃんと言おう】
「それであん時……」
角松は『赤岩青果店』近所の公園で二人話をした日のことを思い返していた。この文面とは違う内容ではあったが、それがきっかけでよりを戻し、両親も呼び寄せて結婚もした。ほんの二カ月ほどの結婚生活で同居は叶わなかったが、まどかが隣にいた時間は何ものにも代えがたい。現状再婚はおろか新しい出会いも求めておらず、遺児となる木の葉と向き合って暮らすことが何よりの幸せと感じている。
【正が隣にいてくれる生活に有り余る幸せを感じてる。死と隣り合わせの状況は変わってないけど、自分でもよく分からない気力が体中からみなぎってくる】
角松の視界は既に霞んでおり、何度も目をこすりながら妻の日記を読み続ける。隣にいる村木は彼の調子を察知しながらページをめくっていると、区切り良く内容が変わってへっ? と声を上げた。
「ん? なした?」
義兄の変化に反応した角松は鼻声で訊ねる。
「ん。今日はここいらでやめらさっとくかい?」
「もうちょべっとだけ見せてけれ」
角松はもう少し妻の痕跡に触れていたかった。
「ん。クールダウンしささるにはええあんべかもな」
二人が引き続き日記を読み進めていくと、同じ日のものなのに内容はガラッと変わっていた。
【それにしても里見友勝って実物なまらイケメンだべ。すら〜っと背も高くてさ、五十とは思えん若々しさだべ。正だって十分イケメンだけど、やっぱし芸能人って違うな〜】
くだけてきた文面と内容に二人はかえって目が離せなくなった。
【根田君との並び尊すぎ♡ あー○○ちゃん腐女子だから喜びそうだべ。画像に収めたかったけど手元にケータイ無かったから残念、また見れるかいな?】
「何考えらさってんだアイツ?」
村木は主役である妹がパーティーの最中に明後日の方向に思考があったことに呆れながらも笑ってしまう。角松の目からも涙は引き、一緒になって笑みを見せていた。
「けどささ、こっちの方がらしいべさ」
「んだな」
二人は楽しくなって次のページをめくる。『DAIGO』の料理が美味しかったから今度は夫婦で食べに行きたい、夫の両親である肇と衣恵の存在が心強いなど、この日だけで計四ページほど使っていた。よほど思い出に残った一日であったのだろうと感慨に浸っていると、次なる一文のせいで一気に現実へと引き戻された。
【智さんが連れてきた女の人、なまらめんこい方だった。彼女さんなんだろうけど並びが合ってないべ。余計なお世話だけどあざとい、色仕掛けを得意としてそう。めんこいこいてもユキちゃんほどじゃないしさ】
「「……」」
二人は無言で顔を見合わせ、村木が日記をそっと閉じる。
「正、オレらだけの秘密だべや」
「ん」
二人は示し合わせたように頷き合い、ノートは元の位置に仕舞われた。
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