組み替え その一
月半ばを過ぎ、堀江はせっせと来月分のシフトを作っていた。昨年よりも人員が増えているので組みやすくなるのかと思いきや、一つのシフトしか入らない川瀬に振り回されてどうしても偏りが生じている。
「う〜ん」
期間限定のことではあるが義藤も間もなく高校入試を控えていた。三年生からの編入ではあるが、定時制であるため更に二年間学業優先のシフト編成となるだろう。
「荘君に関してはそれでええんやけど」
堀江は独り言を呟きながらまずは未成年である義藤のシフトを組んでいった。掛け持ちをしていない悌と石牟礼にどうしても甘えがちになり、感情論を持ち込めば希望はなるべく叶えてやりたいと思ってしまう。
「霞さんはこの日だけ欲しい言うてたな」
家族のいる彼女はどうしても家の都合で休みを取る日が出てくる。そして下旬頃には根田の帰省も決まっているので、そこも優先して休みを入れておいた。川瀬、根田、小野坂は掛け持ちをしているのでなるべく早く出さなければと頭をひねる。根田と小野坂は『オクトゴーヌ』を優先しているが、川瀬は掛け持ちのアルバイトを優先していてどうにもシフトが組み辛い。生活費が必要であれば手当の出る夜勤を勧めてみようと川瀬の分は一旦棚上げにした。
「義君、手当あるから夜勤も入れてみいひん?」
生活費を稼ぐことが理由であればと打診したが、川瀬は首を横に振った。
「いえ、掛け持ち先が人手不足でして」
「そうなん? ここまで削ってしもたら宿泊業務に影響出るんやけど」
「大丈夫です、そこは上手くやりますので」
何か噛み合うてないなぁ……堀江は代替案も受け入れられないとなると現実的な話をするしかないと川瀬を見る。
「このシフトを通したいんであれば社員として雇うんは正直キツイわ。勤務時間の基準考えたらパートかアルバイトになるで」
「分かりました、それで結構です」
川瀬は希望さえ通ればという態度で頷いた。
「ほなもう来月からアルバイトに変えるで」
「はい」
「これからは全員が上司になるけど、ホンマに大丈夫なん?」
「えぇ。希望はとにかく通してくださいね」
彼は降格よりも思い通りにシフトが組める方が好都合だと考えていた。現在最優先にしている『リップ・オフ』への転職に意欲を見せており、そこのオーナーも観光客の釣り上げには成功させている川瀬の腕前を高く評価している。
『二月から社員レベルで入ってくれるとありがたいんだけど』
その打診に彼は一も二もなく飛びついていた。堀江は様変わりしていく片割れに徐々に失望感を覚え、これ以上待つのは無意味かもしれないと大きくため息を吐いた。
これまで上から二番目にあった川瀬の名を一番下に移し、もう人数に入れないと決めた堀江は社員たちのシフトを優先して作成する。しばしそちらに没頭しているとケータイが動きを見せ、画面を見ると小野坂からの通話着信であった。
「智君、どないしたん?」
『仁……』
いつになくか細い部下の声に胸がざわつく。通話越しの小野坂はぽつりぽつりと現状を話し始め、彼の事実上のSOSに堀江は一つの提案をした。
「智君、当分の間夜勤専属になってくれる?」
『えっ?』
「一時しのぎにしかならんけど物理的に生活ずらしていこう」
堀江の提案に小野坂はありがとうと言った。
「実は来月夜勤が組みにくかってん」
降格という形で川瀬の条件を受け入れたことで、悌を夜勤に入れる日数を削らねばならぬ状況に陥っている。そうなると無資格ながらも料理を作れる小野坂を、夜勤に据えるシフトにしてしまえば夜食の対応ができる。
「智君、明日から全部夜勤に変えよ」
『そこまでしなくていいって』
上司の極論に小野坂はようやっと小さく笑った。
「なんもなんも、それくらいどないかするって。それと一応言うとかなあかんことがあるから今から『離れ』に来ぃ」
堀江は小野坂を『離れ』に誘った。
翌日から小野坂の夜勤生活が始まり、必然的に『離れ』にいる時間が多くなった。必要以外自宅には寄り付かなくなり、着替えやベビーグッズが徐々に『離れ』に移っていく。
それに対し夢子は数時間置きに夫のケータイに痕跡は残すものの、娘や堀江と関わるのを嫌いペンションや『離れ』には乗り込んではこなかった。妻がいない現状を心地良く思う小野坂と、つばさがいない現状を気楽に感じている夢子とはある意味思惑が一致して別居状態になっている。
夢子との同棲以来小野坂との交流を多少遠慮していた村木は、ここぞとばかり友に世話を焼いて毎日のように『離れ』を訪ねていた。同じく絶賛育児中の角松や塚原の訪問も増え、地獄だった夫婦生活を脱した小野坂の笑顔が徐々に増えている。
「智君、大分落ち着いてきたべな。一時期はどうなることかと思わさったべよ」
旦子も時々小野坂の様子を見に来ていた。
「えぇ。俺が言うことやないですけど離婚してしもた方がええと思います」
「んだな。けどささ、夢子ちゃんは執念深いおなごしたから焦らさらん方がいいべ。こじらすともっと悪化すっぺよ」
離婚経験のある彼女は慎重な姿勢を崩さなかった。
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