家族とは? その一
「友達失うたんは悲しいけど、まどかちゃんは多分後悔してへんと思うんよ。『何があっても絶対産む!』って決意は固かったから」
雪路もまどかの体の事情はある程度把握していた。明るく気丈にしていたことで、何だかんだできっと大丈夫やわとたかをくくっていた部分もあったのではないかと今更ながらそう思う。彼女にとっては悲しさはもちろんあるのでついつい何で? と考えてしまったりもする。
しかしまどかはできることをきちんとしてきたはずだ、自分も生きて子供をこの手で育てたいと思っていたと思う。それに対する無念はあるかもしれないが、自身の決断に対する後悔は無かったのではないか? と。
ここに来た時はまだ事実を受け止めきれず混乱していたが、『オクトゴーヌ』の面々が傍にいてまどかの死に対してある程度共通した思いがあることを認識出来たことで少しずつだが冷静になれてきている。
「そうだね……『生きててほしかった』は遺された人間のエゴに過ぎないから」
「うん。訃報を聞いた時は『何で?』って思ったし『残酷過ぎひんか?』って怒りみたいなもんも感じとったけど、ここに来たらそういうぐちゃぐちゃした気持ち持ってるんが自分だけやないってことに気付いたらちょっと落ち着けたと思う」
雪路は再びカップを手に取ってホットミルクをすする。
「今日はお兄ちゃんに『もう休め』って追い出されてしもたんよ、家におっても『何で何で?』ってなりそうやったし。午後からカウンセリングの予約入れてるけどここに寄って良かったわ」
彼女はほっとしたかのような笑顔を見せるも幾分表情が固い。このことで村木家に燻っている火種が炎上する可能性のある案件も耳に入っていたからだった。
「せめてご両親と和解ができてたら……」
「多分今は無理やと思う」
小野坂のひと言に雪路は首を横に振った。
「さすがに訃報となれば何かしら思うところもあるんじゃないの?」
事情を知らない川瀬は雪路の言葉に眉をひそめる。
「
「妊娠の件でご両親と揉めたってくらいは礼から聞いてる。一応経過報告はしてたらしいけどマトモなレスポンスも無いらしくて」
「そっか……大まかには知ってるんやね」
「何か事態は酷そうだな。この前『DAIGO』でも『捨てる神あれば拾う神あり』なんて場違いなこと言ってたしな」
村木家の微妙な家庭事情を知っている小野坂にとっては想定外というほどの感覚は無い。特に村木は母親との折り合いが悪く、子供である自分たちの気持ちよりも世間体を重視することに反発心を持っている。
「うん、他所様のこととは言え知った時は腹が立ったもん」
「体裁構って『堕ろせ』って言われて喧嘩になったとか?」
小野坂は村木の母親との面識こそ無いが、彼の言っていることが事実であればまどかとも気が合いそうには思えなかった。
「喧嘩で済めばまだええわ、知り合いの産科さんに予約入れて本人の許可無く中絶の手続きしとったらしいんよ」
「……親とは言えそんなこと勝手にできんの?」
堀江は眉をひそめて尤もな疑問をぶつける。
「普通なら無理やと思う、元々懇意にしてはった産科さんとかで代行での予約が出来たみたい。『きちんと検査してき』ってだけ言われて、その通りにしたらいきなり中絶の説明されて困った言うてたから」
雪路は当時の気持ちが湧き出てきたのか眉をひそめる。
「けどマトモな産科さんで良かったじゃない、まどかちゃん本人の話をきちんと聞いて取り下げられたんでしょ?」
「まぁ……でもそこの産科さんでも腎疾患のことで出産に難色示されたらしゅうて、『中絶して先に治療しましょう』って。それが嫌やったからご家族が不在になったんを狙って赤岩家に“逃げた”んやって。表現悪いけど、自分の都合で子供殺すくらいならちゃんと命繋いで死んだ方がマシや思うてたんかも知れん。結果は“不運”やったと思うけど、まどかちゃんが納得して選んだ道やと思うから『よう頑張ったね』って労って見送りたい。何が正しいかなんて誰にも分からんし」
雪路はこれまで誰にも言えなかったまどかの苦悩を吐き出して気持ちが軽くなった風だった。
「それって……」
「赤岩家と角松家の耳には入ってると思う、礼さんまでなら知ってるんちがうかな?」
「あぁ、知らなかったら逆に親に報告しねぇわアイツなら」
村木はこれまで実家はほぼ無い物扱いをしてきていた振る舞いを見せていて、両親はもちろん二人の兄ともまともに連絡を取り合ってこなかった。妹であるまどかの妊娠がきっかけできょうだい間でのやり取りは少しずつ増えてきていたが、両親との溝は余計に深まりこのところますます会話が成立しなくなっているとこぼしていた。
「さすがに葬儀には来られるんじゃないかなぁ?」
「う~ん、逆に来ん方がええ気もする。しめやかな場で揉めごと始まるとか嫌やんか、そんなん誰も見たくないし」
「孫の顔見て気持ち変わったりしない?」
「本音はそうでも意地張りそうな親やと思う、多分。変な話時間が要りそうやし……私ら他人がどうこう思うこととちがうからなぁ」
雪路は残りのホットミルクを飲み干し、ほぅと息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます