第33話 あった、宝箱
結論から言うと細い道はすぐに行き止まりになっていた。だが、全くの無駄足だったわけでもない。
立ち止まったミリエルの見つめる先、細い洞窟の道を行きついた先の奥には一つの宝箱があった。
何も怪しい所は見られない。ごく普通の宝箱のように見える。
昔ここに来た盗賊が置いたのかモンスターが置いたのか、誰が置いたのかは分からないが、ダンジョンにはたまに宝箱がある。
実を言えばミリエルは宝箱を見たのはこれが初めてではなかった。森へ狩りに行った時、父が開けているのを何度か見たことがあった。
開けた宝箱の中にはいろんなアイテムやお金が入っていて、父と一緒にミリエルは大層喜んだものだった。
だが、自分がこれを開けたことは無かったので、ミリエルはじっと宝箱を見たまま考え込んでしまった。さて、これをどうしようと。
同じように見ていたリンダが横から囁きかけてくる。
「ミリエルさん、これ開けませんの?」
「開けようとは思っているよ」
みんなミリエルに一任する気のようだ。この洞窟の冒険で今までそうしてきたように。そんな空気を少女は感じる。
意を決そうと思っていると、アルトが行動を促してきた。
「これは宝箱だね。ミリエルちゃん、開けていいよ」
「本当にわたしが開けていいの?」
初めての体験にミリエルは驚きと興奮に振り返ってしまう。アルトは快く頷いた。
「うん、この辺りの洞窟ならたいした罠は無いだろうし、これはミリエルちゃんの冒険だ。ダンジョンで見つけた宝箱は冒険者の物にして良い決まりにもなっているからね」
「そうなんだ。よーし」
宝箱の傍に近づいて前に立ったミリエルはそっと手を近づけていく。みんなの視線が集まる中、その蓋を開けようとする。
が、その前に老魔道士ソプラが声を上げた。
「簡単なダンジョンだからと手を抜かず、念のために罠が無いか調べた方がいいのではないか?」
「罠があるの?」
父クレイブは宝箱を見つけるなり普通にホイッと気楽に開けていたので、ミリエルは驚いてしまう。
ソプラは老魔道士としての深い知性と威厳を感じさせる瞳を少女に見せて頷いた。
「うむ、このような場所に高度な罠を張るメリットなど何も無いかもしれんが、わしなら罠を見通せる魔法サーチアイが使えるぞ! 頼れる物があるなら何でも頼ってもよいとわしは思うがの。フォッフォッフォ」
「サーチアイって?」
『どんな魔法なんだ?』
「さあ」
「ふむ、最近の若い者は本当に物を知らんのう。そんなことでマホッテが最高で素晴らしいなどと良く言えたものじゃ。どれ、見たいなら見せてやっても良いがのう。どうする? 嬢ちゃんや」
「えっと……」
みんながミリエルの判断を待っている。アルトもそう決めているようなので、少女は仕方なく自分で決めた。
「じゃあ、お願いします」
「うむ」
見せてくれると言うなら損は無いだろうと考えて。
いたいけな少女の純粋な返事に快く頷き、ソプラは杖を宝箱に向けて呪文を唱えた。
「サーチアイ! 罠は掛かっていないようじゃ」
「え!? もう終わりですの?」
「良かったね、ミリエルちゃん。罠は掛かっていないよ」
「うん、でも……」
先にリンダに言われてしまったが、ミリエルにはさっきの魔法のことで一つ思うことがあった。
中の人も同じことを思ったようだ。その気持ちを吐露した。
『今何かやったのか? 何も見えなかったぞ』
「何かあっさりだったねー、まあいいか」
その投げやりな期待外れの気持ちは老魔導士に伝わったようだ。ソプラは眉をぴくりと動かした。
「不満そうじゃな。ここはやはりアークライトニングでも使って派手に宝箱を雷撃してみるか。ちょっとやそっとの罠なら破壊できるぞ!」
「ソプラさん、止めてください。もう罠が無いのは分かったんですから」
「いーや、こんな期待外れと思わせて終われるものか!」
「調べてくれてありがとうございました。これで安心して開けられます」
「う……うむ、そうか。分かっていればよいのじゃ」
ミリエルは老人に素直にお礼を言って宝箱に向かい合った。
余計な事は気にせずに開けてしまいたい。父がずっとそうしていたように。
そう思いながら、蓋に手を掛けた。
『何が入ってるんだろうな。ワクワクするぞ』
「うん、良い物入ってろー」
宝箱を開けていく。そんな少女の後姿を見ながらアルトはこっそりとテナーに耳打ちしていた。
「テナー、ちょっといいかい?」
「何? アルト君。今ミリエルちゃんが宝箱を開けているんだけど。ソフィー様もここにいたらこうして娘の事を見守っていたのでしょうね。わたしがあの方の代わりに見ておかなくちゃ」
「君は気づいているか? たまにミリエルちゃんが何か独り言をぶつぶつと呟いているのを」
「ええ、この歳で慣れない場所を冒険しているんだもの。いろいろ思う所があるんでしょうね。ソフィー様の娘だもの。神に祈っているのかもしれないわ」
「その言葉を君の聴力強化の魔法で拾って欲しいんだ」
「本気で言っているの? アルト君。乙女の秘密を聞こうだなんて」
「そんなことじゃない。ミリエルちゃんは何か大事な事を隠している。この調査は先生とソフィーさんにも頼まれていることなんだ」
「アルト君がそう頼まれたの?」
「そうだ」
「ふうん、そうなの」
宝箱に向かい合う少女の後姿を見つめながらテナーはたいした興味も無さそうに考え、あっさりと返答した。
「駄目ね。わたしが頼まれたわけじゃないもの。ミリエルちゃんは良い子よ。話したい不安なことがあるならきっと自分から話してくれるとお姉さんは信じているわ」
「それが君の考えなのか」
「そうよ。余計な気を回したがるのはあなたの悪い癖ね。あの年頃は繊細なの。わたしはソフィー様にもミリエルちゃんにも後ろめたいことをするつもりは無いわ。今は目の前の彼女を見ていましょう」
「そうか……そうだね」
アルトはテナーとともに目の前のミリエルに目を戻す。
ミリエルは宝箱の蓋を全開に開け切った。大きな箱だった。その箱に入っていたのはその大きさに見合わず銅の硬貨たった一枚だけだった。それだけがポツンと入っていた。
無事に開けきったのを見届けて、リンダが顔を寄せてきた。
「ミリエルさん、何が入っていましたの?」
「あたいにも見せてくれよ」
ニーニャも傍にやってきた。洞窟にあった宝箱。その中身に年端の行かない少女達は興味津々のようだった。
ミリエルはその硬貨を指先で摘まんで振り返り、みんなに見せた。
「宝箱には10ゴールドが入っていました」
「…………」
10ゴールドじゃ昼食も食べられない。その程度の金額だった。
宝箱にしては宝とは言えない結果に、微妙な空気が広がった。
『けち臭いな。誰が入れたんだ?』
「肩透かしですわね。お金ならうちにいくらでもありますのに」
「リンダお嬢様の家はお金持ちだからな」
「これぐらいの方が子供には安心よ」
「どうりで何も罠が張ってなかったわけじゃわい」
それぞれに正直な感想を漏らす。みんなに共通する思いはたいしたことがないお宝だったなということだった。
それでもミリエルにとっては初めて開けた記念するべき宝物であることに変わりはないので。
それをそっと大事に自分の懐に仕舞って冒険の続きを宣言した。
「こっちの道には何も無かった。来た道を戻って太い道の方に行こう!」
その意見にみんなが賛同する。
やる気を見せる幼い冒険者を見つめ、アルトは思っていた。
<ミリエルちゃん、君はいつか僕達にその秘めた謎を打ち明けてくれるのかい?>
少女の足取りは軽く、彼女自身には何も隠している自覚など無いかのようだった。
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