第32話 別れた道 ミリエルの選択

 洞窟の冒険は続いていく。目指す依頼の討伐対象であるコボルトはどこにいるのだろうか。まだ姿を見せないが、洞窟はまだ続いているのでもっと奥にいるのかもしれない。

 戦地ということもあってみんな休日のピクニック気分と言う訳でも無く、真面目に周囲を警戒して黙っていた。

 それは子供の冒険の邪魔をしないようにという大人の気配りだったのかもしれないが。

 ミリエルが先頭を行くアルトに続いて歩いていると、中の人が呟いてきた。ミリエルもひっそりと呟き返す。


『ボスはやっぱり一番奥で待っているのだろうな』

「あんたもそう思う?」

『うむ、奴は試しているのだろう。ここへ来る者が果たして自分が戦うのにふさわしい強者であるかどうかをな』

「それはどうだろう」


 ミリエルの知るところではコボルトがそこまで武人だったり知性があったりするようには思えない。

 町外れで見られるコボルトがいるので退治してくださいと安い依頼書が張り出されている程度の魔物だし。

 分別の付く魔物ならもっと高額の賞金が付くはずだし、町で大騒ぎされるかもっと人に迷惑を掛けないように暮らすだろうとミリエルは思う。

 やっぱりほんのちょっとの小声で喋るだけでも精神で思うだけよりはずっと意思の疎通がやりやすい。

 ミリエルがぼそぼそと小声で呟きながら歩いていると、隣にアルトが並んで話しかけてきた。


「ミリエルちゃん、疲れていないかい? 休憩しなくて大丈夫?」

「大丈夫です、これぐらい。まだスライムを一匹倒しただけだし」


 ボソボソと独り言のように呟いていたから気を使わせてしまったのかもしれない。ミリエルは気を引き締めて前を見る。

 目指す先の岩の暗がりで何かがサッと走り抜けるのが見えた。

 犬だろうか、もしかしてコボルト? 光が照らしている分、影もまた濃い。

 ミリエルが相手の正体を掴もうと様子を伺っていると、リンダが前に来て宝石と黄金に飾られた剣を構えた。


「ミリエルさん! あそこに何かいますわ!」

「うん、分かってる」

「あたいには暗い影が横切ったようにしか見えなかったけど、モンスターがいるなら話は簡単だな」


 ニーニャは今度はリンダに文句を言われる前に来て鞭を構えた。彼女も先のスライムとの戦いで自信を付けたのかもしれない。やる気が感じられた。

 アルトは仲間に目配せを送って、この場をミリエル達に任せた。

 リンダの持つ煌びやかな剣がライトの光を跳ね返す。黒い影はそれで気づいたのか反応したようにこちらに走ってきた。真っすぐに奇声を上げて向かってくる。


「キキーーーッ!」

「おっきい!」


 現れたのは数匹のネズミだった。それもミリエルが今まで見たことが無いほど大きいネズミだった。

 とは言っても所詮はネズミなので、さすがに熊や猪ほど大きいわけでは無かったが、インパクトは十分にあった。

 冒険に慣れたアルトがそれの正体を教えてくれる。


「あれはお化けネズミだね。ミリエルちゃん、やれるかい?」

「はい! ……って、お化け!?」


 その単語に子供の少女らしく身震いしてしまうが、何も実態の無い怪物というわけではない。ただ大きいだけのネズミだ。

 そうと認識して、ミリエルは改めてやる気を出して剣を構える。ネズミはあまり好きでは無かったが、モンスターならば斬るだけだ。

 ニーニャの言ったように簡単な話。モンスターは討伐する。


 バトルだ!


 ネズミは戦いにやる気を見せるミリエルには構わずに一目散にリンダの持つ宝石の剣に跳びかかっていった。


「無視!?」

『光る物に吸い寄せられたようだな』

「こっち来ましたわーー」


 リンダはネズミにびっくりして剣を立てて後ずさった。跳びかかってきたネズミはちょうどリンダの持ち上げていた剣の刃の部分に当たってスパーッと真っ二つに斬れた。運の無いネズミだった。本当に切れ味がいいなとミリエルは思った。

 斬り裂かれたモンスターは消滅し、残るお化けネズミ達は警戒したようにリンダの周囲を走り始めた。

 そいつらがまた跳びかかってこないうちに。リンダの傍に走り寄ったニーニャが鞭を振り上げた。


「お嬢様! 伏せてください!」

「えっ!? ええええ!?」


 気迫を感じてしゃがんだ頭上を鞭が通り過ぎる。円形に走っていたネズミはちょうど円形に振った鞭にまとめて一網打尽に薙ぎ払われて吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられて消滅していった。

 ミリエルはただ円の外で見ていただけだった。立ち上がったリンダがニーニャに不満を述べていた。


「あなた今わたくしも狙いませんでした?」

「まさか。ちゃんと伏せてと言いましたし、当たらないように振りましたよ」

「そうかもしれませんが。次はもっと慎重に考えて行動なさい。あなたは粗雑なのですから」

「はい、お嬢様」


<言わないで足を引っ掛けて転ばせて、起きないように足で踏んだ方が早かったかもな>


 ニーニャの思った事はその場の誰にも伝わることは無かった。

 気を取り直すように逸らしていた視線を戻してからニーニャは改めて言った。


「お嬢様、まさかネズミが苦手なんですか?」

「そんなわけはないでしょう! あなたは下働きをしているから汚い物の相手が得意なだけでしょう!」

「はあ」

「あ……」


 リンダの大きく張り上げた声に、ミリエルはやっと我に返った。

 気が付けば、ミリエルの何もしていないうちに戦闘が終了していた。

 ニーニャに気を使いたいミリエルだったが、さすがにこの時は文句を言った。


「ニーニャちゃん! わたしの分も残しておいてよ!」

「悪かったよ。あたいって戦いの才能があるのかな」


 ニーニャは自分の手を握って考えている。アルトはリーダーとして進言した。


「今回は残念だったね、ミリエルちゃん。また戦う機会はあるだろうし、先に進もう」

「はい」


 洞窟の旅は続いていく。あれから襲ってきた蝙蝠のモンスター、バットを退治して、ミリエルの気分も良くなった。

 冒険に余裕の出て来たリンダは足取りを軽くしてミリエルの隣に並んで言ってきた。


「この洞窟のモンスターって弱すぎませんか?」

「弱いね」

「もっと強いモンスターはいませんのかしら。ドラゴンやミノタウロスぐらいの。それぐらいのモンスターでなければアルト様のかっこいいところが見られそうにありませんわ」


 戦いに慣れてきてリンダは随分と強気になってきていた。だが、この冒険を通してもまだ慣れていないこともある。その存在が声を掛けてきた。


「さすがにそんなに強いモンスターがいたら王都がパニックになっているだろうね」

「アルト様! そんなつもりでは……」


 話がアルトに聞かれていたと気づいて、リンダは真っ赤になって顔を引っ込めてしまった。ミリエルから離れて今度は後ろを歩いていたニーニャにくっついてしまう。

 しがみつかれてニーニャは迷惑そうにしていたが、ため息をついてお嬢様を受け入れていた。

 頼られたいミリエルは今度こそ自分が良い所を見せようと前を見る。少し歩いたところで足を止めた。


「道が二つに別れている……」

「これはどちらかを選ばないといけないね」


 今まで一本道だった洞窟が二つに別れていたのだ。片方は細い道、もう片方は太い道だった。

 どちらの道を行くか。アルトは気楽に考えを決めていた。


「ミリエルちゃんの選んだ道に行こう」

「え? わたしが決めるの? はい」


 アルトは冒険慣れした自分でなく子供のミリエルに選ばせるつもりのようだ。

 最初からずっとそうしてきたように、これはミリエルが申し出た冒険なのだから当然かもしれない。

 モンスターの相手を任されたように、進む道を選ぶのも任された。

 ミリエルは考える。これはみんなの行き先を決める重要な選択だ。選んだ道によって自分達の運命は大きく変わるかもしれない。

 そんな予感を胸に抱きながら。


<強いモンスターの出る道。強いモンスターの出る道ですわ>


 リンダが祈るように念を送ってくるのを感じる。ちょっと声に出していたのか、そんなお嬢様をニーニャが呆れた顔で見ていた。

 ミリエルは慎重に二つの道を見比べて考える。太い道の方が歩きやすそうだが、細い道の方がご利益がありそうだ。

 考えていると中の人が話しかけてきた。


『奥へ向けて攻撃魔法を放ってみるか? 何か出て来るかもしれんぞ』

「攻撃魔法は駄目だって」


 モンスターを刺激したら戦いがやりにくくなるかもしれない。


<攻撃魔法が駄目とはどういう意味じゃーーー!>


 小声で憤慨するソプラをテナーが宥めている。ヴァスはアルトが任せると言った少女の様子を見つめている。

 ミリエルは決めた。はっきりと仲間であるみんなに向かって宣言した。


「細い道にします。先に歩きにくそうな方を片付けた方が後が楽だと思うし」

「良い判断だわ。どうせどっちも行くんだし」

「どっちも行くのか……」


 ミリエルの判断にテナーが柔らかく同意を示してくれて、アルトは改めてみんなに伺った。


「ミリエルちゃんの決めた道に行くよ。みんなそれでいい?」

「アルトがそう決めたなら、是非もあるまい」

「ここは小娘に華を持たせてやるかの」

「ミリエルさんが決めたならそっちに行きますわ」

「決めたなら行こうぜ。あたいはついていくだけさ」


 ヴァスとソプラも納得して、リンダとニーニャも頷いた。みんなの意見がまとまった。

 もしかしたら二手に別れるという選択もあったのではないかとミリエルは今更になって思ったが、誰もそんな気は無いようだった。

 一団として行動するのにみんな何の迷いも持っていない。

 隣に立ってアルトが優しく促してくる。


「それじゃあ、ミリエルちゃん。行こうか」

「はい」


 そして、ミリエルは洞窟のさらに奥へと進んでいく。心強い仲間達とともに。

 この道を選んだ責任の大きさを感じながら。

 自分の選択はきっと間違っていない。そう信じようとするミリエルは少し緊張して気分が高ぶっていた。

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