第34話 マホッテの訪問 迎えるソフィー

 ミリエルがこうしてみんなと一緒に洞窟の中で冒険を続けている頃、ソフィーは家で用事をしていた。

 天気のいい休日だ。いろいろやるには過ごしやすい日だった。夫のクレイブは外で薪割りや家畜の世話をしている。

 ソフィーがテーブルの花瓶に活けた花を整えていると、玄関の方で呼び鈴が鳴った。


「はあい」


 今日は特に誰とも約束をしていないが誰が来たのだろうか。玄関を開けて顔を出してみると、そこにいたのは全く予想もしなかった人物でソフィーは驚いて息を飲み込んで目を見開いてしまった。

 10数年ぶりに会う少女はあの日より少し成長した姿で、あの頃と変わらない真面目で几帳面さを感じさせる仕草で話しかけてきた。


「久しぶりね、ソフィー」

「あなたこそ。随分と懐かしいじゃない」


 優しい天気のいい日の風が吹く。

 眼鏡を掛けた知的な印象を与える顔に柔らかい笑みを浮かべ、魔法使いの三角帽子を被った彼女と会うのはクレイブとの結婚式以来のことだった。

 魔法の才女と謡われた少女マホッテ。かつてはともに長く厳しい旅をしながらも魔王を倒してからはとんと疎遠になった彼女がどういう気まぐれかここを訪れていた。


「どうぞ、上がって」

「お邪魔するわ」


 久しぶりに再会する仲間にソフィーは緊張と興奮を覚えながら、彼女を屋敷の中へと案内した。

 テーブルの席について帽子を脱いだマホッテに紅茶を出して、ソフィーはそわそわしながら対面に座った。

 かつて冒険をしていた頃は子供がついてきたと思ったものだが、マホッテの幼さを感じさせる印象はその時のままだった。

 あれからお互いに十数年の月日を過ごしたが、お互いの関係は変わらない。ソフィーはあの頃を思い出しながら話をした。


「久しぶりね、マホッテ。今まで何をしてたの? あ、クレイブも呼んできた方がいいかしら。会いたいわよね?」

「結構よ。わたしはあなたに会いに来たのだから」

「そう」


 ぴしゃりと言われ、ソフィーは席に座り直す。マホッテの感情よりも合理性を優先するやり方はあの頃のままで、ちょっと嬉しくなってしまった。

 マホッテは眼鏡の奥の瞳を冷静に向けて言ってくる。


「わたしが来た目的はただ一つ。魔道の探求よ」

「あなたはまだそれを求めているのね。もう魔王は倒したのに」

「魔王が倒れても、魔が完全に無くなったわけではないわ。数は減ってしまったけど」


 マホッテは変わらずだった。ソフィーは昔を思い出す。

 彼女は魔の道を求め、当時は高名な魔道士だと謡われていたソプラに弟子入りしていた。

 あの魔王の討伐に向かう冒険の途中でクレイブとソフィーがソプラの住居を訪れた時、偉大な老魔導士は若造なんかに手は貸せないと断った。

 代わりに手伝いを申し出たのがマホッテだった。


「わたしが手を貸してあげるわ」

「え?」

「魔王のところに行くんでしょう?」


 当初の予定とは変わったが、ソプラの薦めもあり、クレイブとソフィーは魔法使いの弟子である彼女を連れて行くことにした。

 ラモスは高名な魔道士ではなく子供を連れていくのかと難色を示したが、結果としてマホッテは世界を救う一員として活躍することになった。

 魔法の才女と謡われ今では有名になった彼女だが、当時から世界を救うよりも魔の道を究めたいと願っているのは相変わらずだった。

 マホッテは紅茶を一口呑んで、その怜悧な顔にほんの少しの暖かさを見せて言った。


「ソフィー、あなたはここで落ち着いたのね」

「ええ、今は結婚して子供もいるのよ。ミリエルって名前で本当に凄く可愛くて良い子なの。今はアルト君と出かけてるけど、帰ってきたら紹介するわね」

「そこまで長居をするつもりは無いわ。子供なんて苦手だし、どう接すればいいかなんてわたしには分からないもの。あのアルト坊やが一貯前に勇者を名乗るようになったようね」

「それだけ時が経ったのよ」

「そうね。退屈と思えた日常だけど周りは確かに動いているわ。あなたは気づいている?」

「何に?」


 マホッテの振ってきた話題についてソフィーは考える。

 気づくと言えばソフィーには最近薄々と気づいていることが一つあった。だが、それはミリエルに関係することだ。

 正確な事が分かるまでは娘を不安に巻き込みたくはない。なので、ソフィーは感情を答えには出さないようにした。

 マホッテには悪いと思ったが今だけだ。時が来れば話せることもあるはずだ。

 彼女は冷静にこちらを見つめ、紅茶を手に一つ息を吐いてから言った。


「最近魔の物が動き出していることをよ。魔王を倒してからはさっぱり動きが無くなって、わたしは魔王を倒したのは失敗だったかと思っていたのだけど、この世界はまだわたしを楽しませてくれそうね。喜ばしいことだわ」

「そうなの。あなたにとってはそうかもね。今は世界平和についてはアルト君達に一任されているわ」


 そしらぬ風に答えるソフィーに、マホッテは再度訊ねてきた。


「あなたは神様に認められた神官なのでしょう? 何か神からそれらしい啓示等は受けていないの?」

「残念ながらそうした啓示は受けていないわね」


 それは事実なのでソフィーは素直に正直に答えた。

 マホッテは追及することをせずにただ事実として受け取った。


「そう、神にとっては今ある世界はまだ懸念する事態ではないということかもしれないわね」

「いつか大変なことになると思う?」

「それは神に近いあなたの方が分かる事でしょう? だからわたしはこうしてあなたを訊ねてきたのよ」

「それもそうね。残念ながらわたしのところには何もないわね」

「そのようね。世界の行く末なんてわたしにも分からないけど、まだ楽しませてくれることを期待したいところだわ」


 話を終えて、紅茶を飲み終わってからマホッテは立ち上がった。


「紅茶をありがとう、美味しかったわ。幸せの家庭の休日に邪魔したわね」

「もう行くの? もっとゆっくりしていけばいいのに」

「わたしにはあなたの家庭に割り込むつもりは無いもの」

「これからどこに行くの?」

「わたしは魔の探求者。ただ魔を求めて旅をするだけよ」

「ラモスがどこにいるか知ってる?」


 ソフィーはマホッテと同じく、あの日以来姿を見せない戦士について訊ねた。

 マホッテは遠い目をして答えた。すでに一線を引いて家庭を持ったクレイブとソフィーとは違う場所にいる者の瞳だった。


「彼は力を求めているわ。あの戦いで魔王に力負けしてからより一層その思いは強くなっている。彼がいるならきっとそれが望める戦場でしょうね」


 そう言い残して帽子を被り、マホッテは出ていった。ソフィーは玄関で彼女の背を見送った。

 久しぶりの再会だというのに喜び合う間もなく、ソフィーは遠く景色を眺めやった。

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