第12話 リンダからの頼まれごと
教室は朝から生徒達の談笑で賑やかだ。先生が来るまでまだ時間がある。
授業が始まる前の少しの時間。ミリエルはネネからもらった本を読もうとしたのだが、1ページ目を開く前にまた声を掛けられてしまった。
今度はネネじゃなかった。では誰かと言うと、クラスメイトでありながら友達ではなく、見たことはあるが話したことはない少女だった。
そもそもミリエルにはネネ以外にクラスの友達がいない。初めて口を利く少女は席に座るミリエルに上から目線で言葉を掛けてきた。
「ミリエルさん、ちょっといいかしら」
「え? なんでしょうか……うわ、まぶしい!」
ミリエルが眩く思って腕で目を庇ってしまったのも仕方が無かった。現れたのはクラス一の美少女で先祖代々の由緒正しい貴族の家柄と言われているリンダだったのだから。
聖少女と呼ばれながらもぽっと出でつつましやかに暮らしているミリエルにとっては眩しい存在だった。
リンダはクラスでもトップカーストに属し、いつもリア充なトップグループの輪の中で話をしている。
こんな貴族オーラマックスな少女がなぜ貴族の通う名門校の中にありながら平民のような場違いなオーラを発している自分に話しかけてくるのかミリエルにはさっぱり分からなかった。
リンダは彼女らしい強気な口調で手のひらを軽く叩く勢いで机に付け、挑むように顔をぐいっと近づけて話しかけてきた。
「あなた、アルト様の知り合いなんですってね?」
「うん? アルトさんなら父さんの弟子だけど……?」
アルト……様?
どのアルト様かは存じませんが、ミリエルの知り合いのアルトといえば父の弟子をしていて幼い頃から遊んでもらっている気の良いお兄さんしかいなかった。
今は結婚を機に勇者を引退した父クレイブに代わって、父の推薦と王様の承認によって勇者の称号を受け継いで旅に出ている。
そのアルトさんが何なのかと思っていたら、リンダは食いつくように身を乗り出してきた。目がぎらついて怖い。ミリエルは身を引こうとするが椅子の背もたれと後ろの机があまり下がらせてはくれなかった。
「アルト様が知り合いだなんて、同じクラスにいてそんな大事なことを何で今まで黙っていましたの!?」
「黙っていましたのと言われても」
今までリンダと口を利く機会なんて無かったし、他のクラスメイトとも喋る機会が無かっただけだけど。
それにわざわざ話すようなことだろうか。知り合いに父の弟子がいて冒険者をしているなんて特に自慢するようなことでもないと思うが。
ネネが気にするようにこっちを見ていたけど、大丈夫だとアイコンタクトを送っておいた。あまり友達を巻き込みたくはない。ここに救いの天使はいないのだから。
さてどうしようと思っていると、中の意思が囁きかけてきた。
『こいつは吹っ飛ばしていい奴か?』
「駄目よ!」
クラスメイトを吹っ飛ばすなんてとんでもない。教室にはみんなもいるし、騒ぎを起こされて先生に注意されても困る。
ミリエルは悪魔の意思をきっぱりと拒絶した。やっぱりこいつ悪魔だと思いながら。
ミリエルは中の人に言ったのだが、リンダは自分が言われたと思ったようだ。顔が明らかに不機嫌になった。
「駄目とはどう言うことですの?」
「いや、今のはこっちの話で……」
うわあ、めんどくさい。
仲の良いネネならともかく、赤の他人にまでプライベートを話すつもりはないミリエルだった。
さて、どう誤魔化そうかと考えるまでもなくリンダは何か勝手に納得した様子だった。
「あなたの魂胆は分かっていますわ。アルト様を独り占めしたいのでしょう」
「え…………」
父の弟子を独り占めしてそれが何になると言うのだろう。ミリエルにはさっぱり分からなかったが、返事をしなければならない。疑問に思いながらも言葉を返すことにした。
「それより何の用? 用があって来たんだよね?」
面倒な用件はさっさと済ませてしまおう。そう決めて訊ねると、リンダはなぜか唇を引き結んで押し黙ってしまった。
そして、しばらくして目を逸らして呟いた。
「あなたの口利きでアルト様にわたくしのことを紹介して欲しいんですのよ」
「なんで?」
会ってどうしたいのかミリエルにはさっぱり理解できない。
アルトさんは父の弟子で今は勇者の役目を引き継いでるけど、父ほど有名人ではないと思う。
考えていると中のあいつが訊ねてくる。
『アルトというのはそんなに凄いのか?』
「別に」
『お前のその反応ならそうなのだろうな』
あっさりと嘆息して納得する中の人。
そう思われるのも何だか失礼だと思う。一応父ほどではなくても勇者なのだから。良いところを探してみる。
だが、物思いに行こうとするミリエルの意思を吹き飛ばすように机がどんと叩かれた。
「なんでって、会いたいからに決まってるでしょう!」
初めて口を利く少女は迷惑な人だった。そして、同じくこっちの迷惑な人が言う。
『ここは断るべきだろうな』
「どうして?」
『断るとしつこく食い下がってきそうだ。その方が面白い』
ああ、中の声の人が笑っている。
そんな面白さを提供するつもりは無いので、ミリエルは前向きに了承する方を検討することにした。
次に会った時にクラスにこんな少女がいると言えばいいかな。そう結論付けてうなずいた。
「うん、いいよ」
「ありがとう! さすがミリエルさん! 聖少女と呼ばれるだけのことはありますわ!」
その呼ばれ方ってどこまで定着しているんだろう。疑問に思って考えてしまうミリエルだった。
リンダはミリエルの両手を取ってぶんぶんと振ってから笑顔で去っていった。
教室が元の賑わいを取り戻す。どうやらいつの間にか注目を集めてしまっていたようだ。それも過去のものとなった。
さて、ネネにもらった本を読もうか。そう思っているとチャイムが鳴った。先生も来た。生徒達はいつものように起立して礼をする。着席。
いつもの授業が始まる。退屈だなと思っていると中の声が話しかけてきた。
『お前いつもこうして座っていて退屈じゃないか?』
「退屈だと思っているよ」
『クレイブのように冒険に行かないのか?』
「今はこれがわたしの冒険だからね」
どうやら最初は『人間の学問、興味深い』と言っていた中の人も段々と学校の辛さが理解できてきたようだ。
良い傾向だ。飽きたらどこかに行ってくれるかもしれない。
ミリエルは今は授業の退屈さをありがたく思いながら勉強に集中することにした。
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