第11話 優しい少女ネネ

 いろいろあって楽しかった休日が終わって今日からまた学校だ。

 ミリエルは通い慣れた道を通って学校へ向かう。自宅の近郊は静かだが、王都に入ればそこはもう朝から人が多くて賑やかだ。

 開店の準備をしている人もいれば、ミリエルと同じように学校に向かう人もいる。今日の予定を相談している冒険者達の姿も見られた。


『前から思っていたが、ここは賑やかだな』

「王都だからね」

『どこか寄り道したりしないのか?』

「しません」


 先生からは寄り道しないようにと言われている。悪の道に誘おうとするのは勘弁して欲しいところであった。


『お前、真面目すぎると人生を損するぞ』

「これから学校なのよ。静かにしててよね」


 そうこうしているうちに学校に到着である。王都の華やかな雰囲気に全くひけを取らない立派な門構え。時代を感じさせながらも古いとは思わない雅な建物。

 王都にある貴族の子が多く通っている名門校。良い学校だねと言う人もいるが、ミリエルにとっては何が良いのかよく分からない普通の学校だ。

 昇降口で上履きに履き替え、朝から生徒達の声で賑わう廊下を通って教室に入ったミリエルは一人鞄を置いて席についた。

 クラスメイト達は何が楽しいのか朝から教室でも賑やかに談笑に華を咲かせている。ミリエルは朝は眠いなとしか思わないのだが。

 あくびをかみ殺していると、ネネがいつものふんわりした優しい顔をして近寄ってきて話しかけてきた。


「ミリエルちゃん、ごめんね」

「え? 何?」


 いきなり両手を合わせて謝ったりして仲の良い彼女が何にたいして謝っているのか分からない。ちょっと思い出そうとしているとネネは一冊の本を出してきた。

 子供向けの絵本のような表紙だ。ファンシーな魔法使いの絵が描かれてある。ネネはそれを差し出しながら言った。


「この前のシズカ先輩の本難しかったよね。あれ面白いんだけど玄人向けだから。これならミリエルちゃんでも分かるからね」

「うん」


 そう言えば本を受け取ったことを忘れていた。受け取ったあの日にちょっと読んで難しくて声が喜んでいたのが気に入らなくて閉じてそれっきりだった。


『ほう、今度はどんな本なのだろうな。あの魔法部の娘の勧めなら期待が持てるのではないか?』

「ありがとう」


 声が調子づいてるのが気に入らないが、せっかくの友達の勧めだ。

 ミリエルはネネからその本を受け取った。タイトルを読むと猿でも分かる初心者魔法と書いてあった。ミリエルは首を傾げた。


「猿でも分かる……って?」

『お前は友達から猿並の知能だと思われてるってことだな』

「うきー、ほっといてよ!」


 思わず叫んでしまうと、ネネはびっくりしてその穏やかな目をぱちくりさせた。


「ミリエルちゃん? ごめんね、迷惑だった?」

「いや今のはネネちゃんにじゃなくて……中のあいつが……」

「中のあいつ……?」


 ネネが考え始める。ミリエルは余計な事を言ってしまったと思った。

 何とか誤魔化そうと考えていると、ネネは何かを閃いたかのような顔になった。そして、ニコッと優しい天使のような笑顔を浮かべた。


「ああ、天使様だね」

「そう、天使様」


 そう言えばネネには中で聞こえる不思議な声について話していたんだった。それの原因を探るために魔法部の部室まで赴いたというのに失念していた。

 ネネはこいつのことを聖少女についた天使だと思っているようだけど、ミリエルはそうだなんて信じてはいない。

 そんな清らかな存在が少女に迷惑を掛けるようないたずらなんて仕掛けるはずがないからだ。

 ひょっとしたら悪魔かとは思ったが、竜の語った魔王というほど悪どいようにも感じない。聖竜様の話では魔王は邪悪な人間に憑いているはずだし、こんな小娘にくっついて世界征服もないだろう。

 もしかしたら魔王の手先の小物の悪魔だろうか。本人に教えを乞うのもクイズで負けを認めて平服するようで癪なので訊きはしない。奴の尻尾は自分の手で掴みたいと思うミリエルだった。

 いつか欠伸交じりにいたずらを仕掛けているこいつの首根っこをいきなり掴んで奥歯をガタガタ言わせてやるのだ。そう思うとわくわくした。


「ミリエルちゃん、朝から良い笑顔しているね。喜んでもらえたなら嬉しいな」

「うん、ネネちゃん。わたし頑張ってこの本で魔法が得意になってみせるからね」


 そして、いたずらの原因を突き止めて中のこいつのリアルの首根っこを掴んでざまあしてやるのだ。その野望は聞かれないように黙っておいた。

 ネネは友達として優しい笑顔で答えた。


「フフ、ミリエルちゃんが魔法を好きになってくれたら嬉しいよ。また良かったら魔法部に顔を出してね。シズカ先輩も喜ぶから」


 ネネはそう言って自分の席に戻って行った。見送って声が呟く。


『あいつ、良い奴だな』

「うん、ネネちゃんはわたしとも友達になってくれた。良い子だよ……って、ネネちゃんに父さんみたいな変なことしないでよ」

『分かっているとも。こうして人間の働きを傍観に徹するのも一興というものだ』

「まったく……」


 どこまで高見の見物をするつもりなのか。いつまでいるつもりなのか。暇なのだろうか。まあ、構っていても仕方がない。

 せっかくネネが勧めてくれた本だ。ミリエルは読もうとした。

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