腐女子芽以(4)


 コーヒーカップにぽつりと雨粒が飛び込んできた。


 重い灰色の雲がいよいよ耐えきれなくなったようだ。


 この両手の中のものは本当の恋でなければ、なに?


 芽以の丸い肩にも雨が落ちる。


 別に、今のままでいい、綺麗にならなくてもいい、本物の恋なんかしなくてもいい、わたしはこの世界が好き。


 “あの人”が女の人のものになるのなんて絶対に見たくない。


 それが例え自分であっても?


 カップを握る指は芋虫のように不格好。


 男の“あの人”の指の方が白くて細い。


 “あの人”とこんなわたしはもっと駄目。


 芽以はたまらなくなって駆け出す。


 何かが追いかけて来る。


 振り向かずとも芽以にはその何かが分かった。


 自分だ。


 芽以は“あの人”が消えていった坂道を全力で駆ける。


 大人の女になった自分が追いかけてくる。


 来ないで、わたしはこのままでいい。


 顔に当たる雨が痛い。



 驚く母の呼び止める声を無視し、芽以は自分の部屋の扉に鍵をかけた。


 大切な宝物を飾っている出窓の前にコーヒーカップを置く。


 カップはそこで不釣り合いに大人だった。


 追って来ていた大人の自分はこの部屋の中までは入って来れない。


 芽以は濡れたコートを脱ぎベッドに横たわると目を閉じる。


 一度ゆっくり静かに深呼吸をする。


 ここは安全だ。





 わたしはこのままでいい。



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