その男(1)
先日の日曜日、いきなり田舎の母がやって来た。
「あれまー、相変わらずだらしないねー」
どうせ今日も雨なのだ。
まだまだ休みの日の午後を布団の中で貪りたいのに母は圧倒的な破壊力をもってそれをぶち壊した。
「空気が淀んどうわ」
ピシャリと窓を開けると雨音が大きくなる。
「雨が入ってくるやろ」
無駄な抗議をしてみる。
「ちょっとぐらい空気の入れ替えせんと病気になるやろ」
そう言うと母はぼくの布団を勢いよく剥ぎ取った。
「あれー、またそんな格好で」
人の寝込みを襲っておいてその言い方は酷い。
トランクス一枚のぼくは枯葉の下に隠れていた虫のようにこそこそ体を丸くした。
主婦歴四十年の母はあっと言う間に1Kの部屋を別人の部屋へと変貌させた。
母は大きく膨らんだリュックから食材を取り出すと、お湯を沸かすぐらいしか使ったことのないキッチンの前にしばらく立ち、コンビニ弁当やインスタント食品しかのったことのないテーブルに、実家の手料理をところ狭しと並べた。
母、スゴシ。
「あんたちゃんと会社行きようとね」
口の中に詰め込んだ筑前煮を茶で流し込む。
うまい。
「行きようよ、当たり前やろうが」
母は両手で包んだ湯呑みをずっと啜った。
「あんた結婚は?そろそろせないかんやろ」
大人になってからというもの、母はぼくの顔を見ると小言ばかり言う。
地元に残っている弟二人が早婚で、もう子どもまでちゃっかりいるせいだ。
東京では三十過ぎて独身の男などごまんといるのに、実家ではぼくはまるで行き遅れ扱いだ。
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