その男(2)
母は一通り小言を言うと気がすんだのか、弟の子ども達の話を嬉しそうにしながら、洗濯機をまわしYシャツ全てにアイロンをかけてくれた。
「あんたこのアイロン立派やねえ」
母はいつも変なところに感心する。
「高かったやろう」
「普通だよ」
泊まっていくのだと思っていたら、母は今日中に帰ると言う。
帰り際、東京にも売っている地元のあひる饅頭を三箱も置いていった。
「会社の人に配りなさい」
全国ではこの銘菓が東京土産として知られていることを母は知らない。
「うん、ありがと」
母の傘は骨が二本曲がっていた。
「これさしていき」
コンビニの透明傘だが買ったばかりのそれはまだ新しい。
「お母さんはこれでいいけん」
曲がった傘をさす母の小さな背中を見送り部屋に戻ると少しだけ切なかった。
母が帰って一週間もしないうちに部屋はまるで元通りになった。
一週間あれから一度も開けなかった窓を開けた。
湿った風と一緒に雨粒が降り込んで来たのですぐに閉めたが、少し考え十センチ程だけ開けた。
「結婚やってさ」
ぼくはミドリに話しかける。
ぼくの一番心休まる時間は彼女と一緒に過ごしている時だ。
彼女と出会ったのは半年前。
ぼくの一目惚れだった。
出会った瞬間ぼくの体は一瞬ぶるっと震えた。
ミドリとの時間は少しだけ切なくて、三分の一は優しくて、残りは甘さでできていた。
半年経ってちょっとだけ甘さが減り、その代わり信頼という気持ちがぼくの中に生まれた。
ミドリだけが本当のぼくを知っていた。
彼女は多くを語らなかったがぼくを見る澄んだその目がそう言う。
「分かっているから」と。
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