美魔女陽子(2)


 だが何よりも陽子が愛でる賢一の一部は、その声にあった。


 弦楽器の低音のような声。


 陽子が開店間際に来る理由はその時間だと他の客も少なく賢一と二人きりになれるのもあったが、その声に他の雑音(人の声)を交えて聞きたくないのもあった。


「今日も旦那さん、帰りが遅いの?」


「帰りが遅いどころか、帰ってきやしないわよ」



 陽子は若くして結婚した。


 よく離婚せずにここまできたと思う。


 若い時の陽子の容姿は下の中ぐらいでそれを化粧でなんとか中ぐらいにし、小さな豆腐製造会社を経営する旦那の収入は化粧をする前の陽子と同じ下の中といったところだった。


 それがそれまで日本ではまったく売れなかった真空パックの豆腐が海外で大ヒットし、二人の生活は一転した。


 陽子は浴びるほどの金を美容に費やし、旦那は今まで縁のなかった夜の街を闊歩するようになった。


 旦那は当たり前のように外に女を作った。



 美貌と一緒に手に入れた一人の夜は思いのほか寂しかった。


 でも夜を涙で濡らしたのはもう過去のこと。


 今はいないくらいがちょうどいい。


 十分すぎる財産に人の羨む生活、これ以上望むのは罰が当たるというものだ。




「女のとこ?」


「それ以外どこに行くって言うの?」


「じゃあ、ぼく達も今晩どう?」


 陽子はできるだけ余裕のある素振りで笑みを作った。


「馬鹿ね」


 賢一が本気でないのは分かっていた。


 なんて狡くて、いやらしい男だろう。


 淡い黄緑の液体を口に含む。


 赤いチェリーが揺れる。

 


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