銭熊 ゼニグマ
アキタ13
プロローグ
雨が降っていた。
この頃だいぶ寒くなってきて,昼下がりのこの時間でも息が白く昇ってゆく。
自分は何の目的で出かけていたのだろう。頭に霞がかかったように思考がぼんやりとする。そういえばまだ昼食をとっていなかった。そんなに空腹でもないが,雨宿りが半分,昼食が半分といった気分で見知った扉をくぐった。
「いらっしゃいませ」
「いつもの」
「なんだ,クマか。ひさしぶりだな,どうしてたんだよ」
「どうって,いつも通り」
「しばらく家にも帰ってなかったんだろ。ゆっくり休めよ」
「そんな金の余裕ねぇよ」
ここは喫茶店「止まり木」。カウンターで紅茶を入れているこの男はハト。この店のマスターだが,あまり真面目に経営をやっているとは思えない。現に今,客は自分しかいない。
すぐに注文がきた。この店では今までこれしか頼んだことはない。
「お待ち,いつものはちみつ紅茶とハニートースト」
黙々と食べる。その間,ハトは話しかけない。この店ではいつもそうだ。ハニートーストを食べ終え,紅茶のおかわりを頼み,また会話が始まる。
「シカはどうした?」
「車取りに行った。お前何か金になるネタない?」
「ネズミさんから1つ。やるか?」
「聞かせろ」
「ネズミさんのシマで許可なくSの店舗開いてるガキがいるらしい」
ネズミとはこの町を仕切っている枠組みである十二支の一人で,そいつの縄張りで勝手に金を稼いでいる奴がいるとのことだ。Sとは詐欺のことなのだが,まあ詐欺自体は問題ではない。この町で商売をするなら表か裏かに関わらず,必ずその土地を管轄する十二支に話を通すことになっている。表の商売なら事後報告も許されるかもしれないが,詐欺のようなヤバい裏稼業をやる場合は必ず話を通してそれなりの見返りを約束する必要がある。
「Sって何系?」
「振り込めだろ。事務所の場所も金庫の情報もある」
「張りは?」
「2人か3人ってとこだろ。お前なら余裕でタコれるって」
その時,店の前に車が止まり,1人入ってきた。
「ああさむい。遅くなったわ」
「おおシカ。今クマとS店舗タタく算段立ててたとこだ」
「どこ?」
「1番街のZビル」
「すごい端っこだね。いつからそんなとこで詐欺してるの?」
「1か月くらい前だな。郊外に事務所設置するのは摘発対策だろ。電話はどこからでもかけられるわけだし。金の回収部隊は別働で街に置いてるんだろ」
「じゃあ事務所に金庫なんてないんじゃないの?」
……確かに。シカのいう通りだ。
「大丈夫。金庫の場所も抑えてある。ただ,集金日がいつかまだつかめてないんだ。」
つまり金庫の場所はわかっているが,集金日がいつかわからないからまずそれを突き止めたいということか。それは当然だ。タタキに行って金庫に金が入ってませんでしたでは話にならない。集金日を特定して金庫に金がめいっぱい詰まっているタイミングで襲うのが鉄則だ。金庫の金がいくらだろうと失敗したときのリスクは同じ,死だ。しかし,そうなるとほかにも気になることが出てくる。
「となるとまずは事務所と金庫を見張って集金日探るしかないのか。ネズミに話入れてない時点で連中も短期で稼いでトぼうってのが狙いだろ。間に合うのか?」
「だからそれも含めてやるのかって聞いてるんだ。わかってると思うけど一度受けた以上しくじりましたじゃ済まないからな」
「俺らが受けなかったらどうなる?」
「どうにもならないでしょ。ネズミの部下の人が片付ける。それで終わりだよ」
「ならなんで自分で始末をつけないんだ」
「自分で派手に動きたくないんだろ。最近は表の稼業一本でやってるし」
ネズミもきれいな金ばかりでのし上がったわけではない。十二支にのし上がるまで,のし上がった後も相当のことをしてきている。それが今は資産をきれいに洗い流して,まっとうな資産家になろうとしている。巷じゃネズミは丸くなったなんて言われることもあるが,それはあいつのことをよく知らないやつの言い分だろう。あいつはあまりに金を稼ぎすぎておかしくなっている。うらやましい奴だ。いつかあいつの席を俺が奪ってやる。
「俺らの取り分はいくつだ?」
「30%」
「ケチなネズミにしてはずいぶん豪気だな。」
「ただし詐欺グループの連中を何人か生かして連れてくるか,グループの主犯格を聞き出すのが条件だ。そこから先はあっちでやるってさ」
「よし,やろう。とりあえず金は必要だ。いくらあってもいい。シカ,車出してくれ」
「どこ行くの?」
「とりあえず俺の巣に戻る。道具用意して,今日中に事務所と金庫の場所チェックするぞ」
金の匂いに,頭の靄は消し飛んでいた。
銭熊 ゼニグマ アキタ13 @bellki0512
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