第14話 麒麟

「ただ今帰りましたー」

「ましたー」

 シモナの棒読みに合わせて、同じく棒読みで声をあげる。

 その声に、突き当たりの左の壁からひょっこりと顔を出したのはコルトアとツツリだ。

 彼らは狩猟時代の同期。シモナが僕を拾った最初の日、優しい目つきで紹介してくれたあの子供たちだ。

 今はすっかり大きくなって、特にコルトアは僕のよりも二十センチ程低い百八十センチ強まで身長が高くなっている。

 毎回僕と背比べしては「おー、俺おっきくなってるー!」なんて言って高笑いをしていた彼も、狩猟時代を含め五年も見ていれば意外と真面目になったものだと確信できる。

「おかえりシモナ! ルトアがご所望か!?」

「馬鹿言え、殺すぞお前」

「怖いったらもうっ、シモナも少しは言葉遣い柔らかくしようよ!」

「ツツリ、私はこれでも柔らかくしてるつもりなんだけども……?」

「えっそうなの?」

「そうだよ」

「えっ?」

「えっ?」

 しばらくの沈黙。

 ……うわぁ、気まずい。主に雰囲気が。

 キョトンとした顔でシモナを見ていたツツリが「……えっ?」と、もう一度確認するように声を上ずらせる。

「いやだって昔の私なら『殺した後にナイフでひき肉にしてガルアットの餌にするぞ』くらいは言っていそうな勢いの発言だっただろ?」

「いやいやいや、今のはそれよりももっとグレードアップしてるわよ! それどころか狂気じみた殺人鬼が考えるようなその言葉が全部凝縮しているかのような発言だったわよ!?」

「え、そうなの……? やだ、全然気づかなかった」

 珍しく女言葉に戻っているシモナを見て、無意識に平和だなぁなんて感じてしまう。

 ……しかしそれとは裏腹に、帰り道にシモナが言っていたあの発言が僕の思考を邪魔して離れない。

『日本語しか話せなかったのは、日本出身だからでは無い』

 きっと、彼女はこう言いたかったのだろう。

「昔のシモナはもっとこう……『撃ったあとにナイフで刺して引き裂いてやるぞ』的な? ねぇコルトア?」

「えっ何それ、そんなこと言った覚えないんですけど」

「いや言ってたぞ? 俺はちゃんと聞いていたし」

「やだ恥ずかしい」

「「照れるところじゃないから」」

「ふふっ…………」

 一匹、取り残されているような感覚であった。

 人間に近い存在なだけであって、その姿は人外だからとか、そういうことが言いたい訳じゃない。

 それでも、この孤独さはなんなのかは分からず、どう言い表せばいいのかも分からない。

 僕は一体誰なんだろう。

 シモナと出会って十五年、ずっとずっと考えてきた事だ。

『何か分かるといいな』なんて言いながら、シモナは時折フードローブに化けた僕を連れて図書館に行き、色々な資料に目を通していた。

 その甲斐があって、最近の調べで、とある神獣に似ていることが分かったのだ。

 それは『麒麟きりん』。

 かつて中国神話に登場した神話生物だ。

礼記らいき』という中国の書物によれば、王が仁のある政治を行うときに現れる神聖な生き物「瑞獣ずいじゅう」とされ、鳳凰ほうおう霊亀れいき応竜おうりゅうと共に「四霊しれい」なんていう存在でひとまとまりにされていることから、幼少から秀でた才を示す子どものことを、麒麟児や、天上の石麒麟などと称することもあるそう。


 その姿は鹿に似て大きくて、背丈は五メートルもある。

 顔は龍に似ていて、牛の尻尾と馬のひづめを持つ。背中の毛は五色に彩られ、毛は黄色く、身体にはうろこがある。

 基本的に額の角は一本角で描かれる事が多いけど、二本角、三本角、それどころか角の無い姿で描かれる例もあるらしい。

 僕はその中の『索冥さくめい』という姿によく似ていた。

 索冥は麒麟の一種で、全身真っ白な姿をしていたと言われている。

 資料が見つかった見つかった当時、『心当たりは?』の一言と共に見せられた資料を見たけど……

『分からへん』

『嘘やんまじか』

 姿は知っているものの、何をした神獣達なのかは全く身に覚えがなかったのだ。

 それに僕は、鱗が無い。体長も二メートル前半だし、そもそも一般的に知られているのは前者の麒麟なのだから。

 そんな一般の人が見たら、『あぁ言われてみれば麒麟に似てるけど、言われなかったらわからないねこれ』と言われても間違いはない程のレベルで、僕は麒麟と全く姿が見当違いだった。


 ……そんなことを考えていたことも、今となってはかなり懐かしい。

 最近の僕はもうどうでもいいやなんて思ってんだから。

 逆に開き直っている。僕のことなんてどうでもいいから、今は彼女や仲間達の成長を見ていられればなんて思っているんだ。

 この命尽きる最期の時まで、この子達を見守る。それが僕の生き甲斐として与えられた一つの『天命』ならば、僕は喜んでそれに従おうと思えるくらい、この子達が大好きだった。

「さ、戻るぞガルアット」

「おぅぇ、はぁい」

「何今の声……」

「動物ってたまに変な声出すよな……」

 シモナが何を考えているのかは、僕には何もわからない。変化できる能力や、まだシモナにも知られていなくて、かつ使っていない能力だってまだまだあるけど。

 それでも僕は、『人間』という一つの生物の心を読む能力は持っていない。

 動物や植物の心は無意識に読んじゃうのに、人間の心は何も読めない。

 でもそれは僕が動物だからなんだと思う。もっと人間に近くなったら、読めるようになるかな?

 出会った時よりもかなり女の子らしくなったシモナも最近は笑顔が増えているし、動きも活発で、さっき戦闘したばっかりなのにまだ戦える余力すら残っているような元気さが目で見られる。

 端っこで見守ってきた僕だからこそ言えることだってある。


 あの時のシモナは本当の『人形』だった。


「?」

 不思議そうな顔をしながら、シモナが僕の方へと振り返る。

 気がつけば僕の足が止まっていた。それに気づいたのか、もふもふの僕の毛を軽く引っぱって『早く行こう』と目で訴えてくる。

「え、あ、ごめんごめん、ちょっと考え事してたんだ」

「考え事ー? なんだそりゃ。お前もそんな時期あるんだな、珍しい」

「失礼な……」

「顔に出てるわよガルアットちゃん」

「ツツリ、僕は男の子って何回言ったら分かるんだい……」

「分かってるから言っているのよ?」

 視線が集まっている。

 小さな子どもに囲まれる大人の気分だ。

 これがもし人間だったら、一人の『人』として接してくれたのだろうか。

 僕が人間……想像出来ないなぁ。

 想像出来ないからこそ、このままでいいのかもしれないと逆に思ってしまう。


 それでいい。


 そう自分に言い聞かせて、僕は彼女達と部屋に戻る足を進めた。


 数ヶ月後の夏、とある人物から突然呼ばれたのはそんな日の夜であった。

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