第13話 繋がる記憶
「あーあーもう、結局使わなかったじゃんかー」
『AEK971』を持ちながら残念そうに呟くシモナに「取るだけ無駄だったー?」と僕は陽気な声を上げる。
「うーん……試作品みたいだし、性能試しがてら使いたかったんだけどなぁ……」
「しょうがねえじゃんかシモナ、あと一人だったんだろ?」
「いやそうだけどさぁー……」
無残に転がる死体の数々を細目で見るシモナに、元の姿に戻った僕は少しだけ疑問を持った。
あの目は、僕をいつも見る厳しい目とは、何処か違うと感じたのだ。
何も嫌なことがあった訳でもないのに。
僕はシモナのその目に見覚えがあった。
どうしてだろう。嫌な記憶が流れてくる。
目をひと瞬きすれば、そこは雪一つない緑の景色。
ここは何処だ? 僕はさっきまで雪の積もる河沿いにいたはずだ。
『……め! 姫! お待ちください!』
着物を着た若い男性が僕を追いかけてきている。
やめろ、誰のことを言ってるんだ?
姫は僕じゃない。僕は姫なんかじゃない。
『姫! あなたにはこの国にいていただく権利があります!!』
だから、僕は姫なんかじゃ……。
ふと、そいつと目があった。
先程のシモナと同じような目をしている。
───あれは『亡骸を蔑む目』。
僕が大嫌いな、哀れみの目───
「ガルアット?」
不意に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
辺りを見渡す。そこはもう、
「どうした?」
「あ、いや……なんでも、ないよ
慌てて僕は作り笑顔を表にした。
僕の笑顔に疑問を持ったのか、シモナは彼に先に帰るよう言い渡し、静かな空間に数匹の鳥、そして僕とシモナだけになった。
「お前がその笑顔をする時は、大抵なにか考え事をしている時だけだ。それは私も知っている」
「……」
シモナの女言葉は、いつになっても慣れない。
女の子らしくとは言ったものの、その口調には少し無理をしている雰囲気も感じられる。
というか、僕が最初に話していたのは、男言葉なシモナだったから。その印象が強くて、余計に慣れないのかもしれない。
「何かあった? もしかしたら、私にも原因があるかもしれない」
「…………目」
「うん?」
「目。さっき、シモナがあの死体に向けた、あの冷たい目。……僕はあの目が嫌いなんだ。どうしてかは分からないけど、僕はあの目に見覚えがある」
「…………」
今度は僕の代わりに、シモナが黙ってしまった。
シモナが表す表情は優しく、穏やかな目をしている。気を遣ってくれているのだろう。表情豊かとまではいかないが……普段ピリピリしている彼女よりは余程いい表情だ。
「夏……かな。僕は多分、過去に日本のどこかにいて、国の中心の立場にいたんだと思う。僕を追っていた人は、僕のことを『姫』って呼んでいた。でも、僕は呼ばれるのを拒絶していたんだ。なんでかは分からないけど」
「……なるほど」
「だから初めて会った時、日本語しか話せなかったのかもしれない。出身が日本だから?」
「いや、それは違うと思う」
「どうして?」
「……詳しくは、拠点に戻ってから話そう。ここだと見つかる可能性が高いからね」
「分かった。乗る?」
「いいよ。歩いて帰ろう」
シモナの鼻が赤い。まるでトナカイみたいだと前に言ったら、ほんの弱い力で思いっきり叩かれた。
……そう、ほんの弱い力だ。
シモナは僕に何かをする時、いつも手加減をする。
これまで本気で何かをされたことなど無かった。理由があるのか問いかけても、ただ静かな微笑みが待っているだけだ。
それでも、僕は理由があると、どうしても感じてしまう。
理由があるのは分かっている。僕は人間じゃないから、シモナの気持ちも他のメンバーの気持ちも何一つ分からないけれど、人間という存在は、理由があることを糧にして何かをすることが多い。
僕もそれに、人間という存在にだんだんと近づいていっている。
人の姿にこそなれないものの、人間と暮らしていけばそりゃあそうなるだろう。
人語を話す人外なんて、『ただの化け物』なんだから。
「ガルアット、ひとつ聞いておきたいことがある」
「うん?」
歩きながら彼女は口を開く。
疑問が浮かぶ。
聞いておきたいこと。なんなのだろうか。
「お前は、鬼を信じるか?」
「鬼?」
「そうだ。私はお前と過ごしてもう十年以上は経つ。これまでに何回か『心寿』の存在は話してきたが……鬼の存在自体は知っているだろう?」
「うん、知ってる。僕みたいに角が生えていて、すごい優しい顔をした人の事でしょ?」
「正確に言えば人ではない。人だけど、人じゃない、そんな言い回しが正しい」
少々意外であった。
まさかシモナの口から「鬼」なんて言うワードが出てくるなんて思わなかった。思ってもいなかった。
鬼の存在は、僕も知っている。シモナに教えられた訳ではなく、僕の頭の中に知識として備わっている。
まるで、最初から僕が鬼だったかのように、鬼という存在と仲良くしていたかのように。
───仲良く?
先程の記憶を思い出してみた。
森の中、着物を着た若い男性。
…………の、そのおでこ。
確かに、その男性のおでこには「角」があったはずだ。
酷く立派な、二本の角。
思い出すことは簡単であった。情報さえ揃えば、後は辿るだけだったのだから。
鬼に関する記憶があるのなら、自分も元は鬼だったのではないか?
「どうやら、心当たりがあるようで?」
シモナにそう言われ、頷くしか手段がなかった。
「……心寿の記憶について、最近思い出したことがあってな。それが鬼に関することだったんだ」
「どゆこと?」
「会っていたんだよ」
「は?」
「心寿は、鬼に会っていたんだよ」
「会ってた?」
言われたことを復唱してしまう。
思考が追いつかない。シモナの前世が、鬼に会っていた?
「それ、どゆこと? タイムスリップでもしなきゃそんなこと出来ないでしょ」
「いやしたんだよ。タイムスリップ」
「ぱええ?」
鬼といえば、四鬼が有名だろう。
……なぜ知っている? 僕はその四鬼には会ったことは無いはずだ。
「……四鬼の人達と会ったの?」
「いいや違う。そもそも四鬼は生息していた地域が違うはずだ。京都と三重で近いけど」
「でも時代は同じだよね」
「あぁ……まぁ、うん。四鬼の伝説は平安時代ってだけで、詳しい年代とかはまだ分かってないけどな……」
「え、あれって平安時代初期なんじゃないの?」
「は? なんでお前がそんなこと知ってんだ?」
「えあれ、なんでだろ?」
長い首を十五度ほど傾ける。
あ、違うんだ。
じゃあ、シモナはどこの鬼と会ったんだろう。前鬼? 後鬼? いや、後鬼は隠形鬼と会っているはず。
……って、あれ? 後鬼と隠形鬼は、本来出会うはずなんて無いんだけど……なんで知ってるんだろう?
「……まぁいいや。で、誰だったの?」
「茨木童子、酒呑童子」
「茨木……って、あの平安の? 沢山の仲間を引き連れていて、酒呑童子はその上に君臨していたけど、結局は源四天王に殺されて、鬼の一族は滅ぼされたんだっけ。その茨木童子と、酒呑童子のこと?」
「そうそう。なんで知ってるんだ?」
「うーんなんでだろ?」
「どういうことだそれ」
「ガルアットの頭の中には、日本の鬼の一族についての情報が沢山あるのだよー」
「どういうことだそれ? まさか鬼の一族だったとか言わないよな?」
シモナの言う通りなのかもしれない。
あくまで推測だけど、僕はきっと鬼の一族として過ごしていて、何らかの原因があって記憶を無くして、このフィンランドに来て……
…………来て、何がしたかったんだろうか?
『何らかの原因』の中に、もし逃げている事態が起こっていたとすれば、もっと寒くない所だってあったはずだ。
でも、どうしてフィンランドに? 僕の地理感覚は優れている。わざわざここに来る必要なんてあったのだろうか。
「……分かんない」
「……? ……まぁ、いいや。帰っておやつにしようか」
「んむ!」
きゅ、と足付近を掴まれる。
「ほえ?」
「…………」
彼女の仕業のようだ。黒いネックウォーマーで口元を隠して、歩きながら顔色を伺うように、恥ずかしそうにこちらを見つめてきている。
「……寒いな、今日は特に」
「そう、だね……寒いね。早く駐屯地に戻っておやつ食べよう。そうしたら、少しお昼寝をしよう」
僕は笑ってみせた。
申し訳なさそうにネックウォーマー越しで彼女が微笑んだのが見えた。
それと同時に、掴まれる手の力も強くなったのを、僕は身体で感じていた。
三月の寒い冬は、もうすぐ終わりを迎える。
シモナは「日本よりもだいぶ遅い春だ。これじゃあ立春でもなんでもないじゃないか」と、春が来る度に笑い混じりにぼやいていた。
だんだんと雪がとけて、そうすれば地面の見える春がやってくる。
確かに立春ですら無いかもしれない。
それでも、僕はこういう春も悪くないと思った。
いつまでもシモナが僕に、寒そうに引っ付いて眠ってくれるだけで、僕は幸せだったのだから。
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