第12話 一時間

「さーてさてさてぇこの辺かなぁっと……」

 地図を片手に、僕の背中に乗りながらまわりを見渡すシモナ。

 地図の通りならば、ソ連軍は確実にここから真っ直ぐ、コッラー河を挟んだ所からやってくる。

「どーする?」

 僕から降りて銃を構えたシモナは「どうするもこうするも……」と一言こぼす。

「奇襲かけるしかないっしょ」

 ネックウォーマー越しではあったがニッコリしているのが明らかに見えた。

 あ、なんか凄いこと企んでるなこの人。そんなことを思いながらも「じゃあ、付き合う」とフードローブに変化してシモナに着せられる。

「大体、拠点に潜り込まれたらめんどくさいし。それならここで待機して死滅させる方がいいのではないかと思いましてね。如何なさいますでしょうかガルアットさん?」

「うむ、実に素晴らしいお考えだと思いますシモ・ヘイヘさん」

 そんなこんなでふざけた会話をしていると、

「……あ、あれか?」

 双眼鏡を目に添えていたシモナがその姿を捉える。

 間違いなく、ソ連軍だ。

「ベストタイミング……」

「だね。早速指示を頼むよ、ガルアット」

「ほーい」

 僕らが今いるところは、コッラー河を挟んで左側。

 すぐ正面には、ソ連軍がいるコッラー河の反対側が見える。

「……ガルアット」

「あい?」

「俺らも時間が無い。一時間で仕留めるぞ。仕留めたらおやつにしような」

 時計を見ながら、シモナに言われる。

「あい!」

 午後十四時ちょうど。戦闘開始にはキリのいい時間だ。

 人数は大体三十人程度。一時間でなら確実にいけるだろう。

 どいつから仕留めようか。考える暇は少しだけあるが、相手も銃を持っている。すぐに見つかる可能性が高いし、それなら確実に一人ずつ仕留めるしか方法はない。

「左に四十七度、下に十度」

 まずは、コッラーを渡る橋がある付近の奴らを仕留めようか。

 侵入を防げば、あとは銃と銃の鉢合わせだ。

「オーケー」

 スコープのない銃を構え、すぐに撃つ。

 その弾は真っ直ぐ線を描き、相手の頭部に一発で命中した。

「次、その位置から右に五度、上に三度」

「任せろ」

 動揺する敵兵リュッシャをよそに、シモナはとんとん拍子で撃ち殺していく。

 そんなことをしている間に殺されるのに。なんて思いながらも、シモナの狙撃を間近で見ている。

「次、その位置から右に四度と二度、上に三度と六度」

「二人同時か」

 相手の頭や頬、身体に弾がめり込む様子などとうの昔から見てきていたシモナにとっては何も感じないのだろう。

 僕は少しだけ複雑な気持ちだ。殺し合いなんかして何になるんだろうかなんて、よく考えたりする。

「よし、終わり。あと二十二人か……どうするかな」

「下手したら鉢合わせになるかもよ?」

「それを考えるとここにじっとしていられるのはいけないなぁ……」

 チュン、と軽い音を鳴らして、シモナの頬に弾が掠る。

「あー、気づかれたかぁ……」

「仕方ないな……よし、移動するか」

「変化は?」

「してもいいぞ。その方が楽だ」

「がってん!!」

 フードローブから元の姿に乗り、少しだけ低く屈んでシモナを乗せる。

 乗ったのを確認して、僕は橋の方向へと走り出した。


 ***


『なんてこった! ニコライが殺されちまった!』

『クソッ! どこから狙ってやがる!?』

 一方、撃たれた側のソ連軍。

 突然の奇襲により頭が回らず、敵がどこにいるかすら分からない。

『皆! 何処にいるか分からな……

 そう言いかけたそいつも、敵の撃った弾によって頭部を撃ち抜かれてしまった。

『なんてこった! アレクセイ!』

『落ち着け! 犬じゃねえんだから、猪突猛進に進もうとするんじゃねえ!』

『彼処だ! 彼処から撃ってきている!』

 一人が指を指す。

 そこには確かに、こちらに銃を向け構えている真っ白な姿の軍人がいるではないか。

『ちっ! あいつか……!」

 銃を構え、そいつに向けて撃ち放つ。

 すると頬にかすり、気づかれたと察したのかすぐに移動をした。

 どこからともなく謎の生物まで出てきて、その生物に乗って橋の方向へと走っていった。

『標的だ、逃がすな! 追え!』

 その指示の下、ソ連兵らは次々と向かっていく。

 あれが今回の目標、『白い死神』だ。

 スコープ無しで一発ヘッドショットする輩が来年の戦争に加担されては、こちらもこちらで戦力が減るのと同じことだ。

『オレッグさんどうするんすか! あんなのとまともにやりあったら全員お釈迦っすよ!』

『待て。これだけいるんだ。作戦なんて考える暇はいくらだってある』

 不敵な笑みを零しながら、オレッグと呼ばれた人物は呟いた。


 ***


「来たか?」

「来たね」

「どうする?」

「うーん」

 この場合、シモナが作戦を考える番なのだが……今回ばかりは僕に任せられている。

 とはいえどうしようかな。正面から撃つとは言ってもなぁ、シモナが怪我したら嫌だし。

「あ、いいこと思いついた。ふふ」

「へ? シモナさん何考えてんの?」

「まぁまぁ、止まって止まって」

 また悪い事考えてるな……と思いながら、僕は走る足を止めた。

「ガルアット、お前さ」

「はい?」

「槍になれる?」

「はい??」

 一瞬何を言っているのか分からなかった。

 槍になる? 待ってどういうこと?

 シモナさん何考えてんの?

「え、えっと、なれるけど……」

「そうか、じゃあなろうか」

「槍、槍……ほいっ」

 とりあえず変化してみる。

 一応、変化している時のダメージは蓄積されない。

 だから変化していたフードローブにたとえ銃弾で穴が空いたとしても、全く痛くない。

 ただ変化するものの材質は実際のものの材質と同じなので、穴も開くし折れもするし溶けたり切れたりなどもする。

 そこが一番のデメリットとも言えるだろう。

「……お、これくらい重い方がいい」

「どうー?」

「うん、ばっちり。サンキューガルアット、今から向かい打つから」

「は?」

 変化している時、僕は一切動けない。

 だから変化したら最後、シモナに任せるしか無いのだ。

 ……なんだか僕は嫌な予感がするんだ。

 君もそう思わないかい……?

『いたぞ!! 撃て!!!』

 案の定ロシア語で何言ってるか分からないし人数が多い。

 そして銃を構えている。愛銃のモシン・ナガンは今木に立てかけられているし、何をするつもりなのほんと……。

「視点を俺の方に変えておけ、ガルアット」

「へ?」

「酔うぞ」

 急に上に振り上げられ僕は困惑する。

 なんだなんだ、何するんだ!?

 言われた通りに、僕はシモナと同じ視点で見えるように能力を発動した。

 ダダダダダン、ダダダダダン。

 と、子気味のいい音が聞こえてきた。

 僕はそれが銃声だとわかる前に視界がぐんと前にいく。

 カン、コン、チュン、キン、等という音が連続して僕の耳に聞こえる。

 なになに、どういうこと!? 何してんの!?

 音のなる方向をよく見てみた。

 槍の、切っ先……?

 シモナの視点は常に前だ。

 ただ槍を振り回して音を出しているようにも思えるが……

 ……シモナ、もしかして弾丸を斬っている?

「ご名答だ、ガルアット」

 僕の心を読むかのように、ひと間置いている間にシモナがつぶやく。

「心寿の時に習っていた合気道が、まさか役に立つとはなぁ……両親様々ってやつだなぁ」

「弾丸斬るとか……どこかのアニメの剣士さんなの?」

「いや違うから、あんな黒髪の青年と一緒にしないでいただけますかね? というか、なんで知ってんのガルアット」

「日本にそういうアニメがあったって、シモナ前に話してくれたじゃん……」

 いつの間にかソ連軍とシモナの距離はあと五メートルほどという所まで迫っていた。

『っ……! クソッ……!』

「あ、ガルアットは目を瞑っておいた方がいいと思うぞ」

「はい?」

 相手がリロードにもたもたしている間に、シモナはゆっくりと歩み寄りその首を刎ねた。

「ひゅ〜」

 普通に慣れっこだった。だってシモナ、僕の目の前で動物の首ちょんぎって「食べるか?」なんて言って僕に差し出してくるんだからね。ほんと困るよ僕食べれないのに……。

「さてさて……あぁ、この銃は……『AEK971』か」

「ソ連銃〜ソ連銃〜」

 銃口付近に足を強く置いて銃を立たせる。

「『AEK971』ってさ、ソ連のコブロフ社で開発されたアサルトライフルだったっけ?」

「そうそう」

「サーゲイ……なんとかっていうメーカーで設計されたんだよね?」

「そうそう……ってまてまておい、何故この年代でこの銃が作られている? 色々とおかしいじゃないか」

「なんで?」

「俺の前世で少しだけ触れたことがあるが、『AEK971』は一九八○年代に作られた銃だぞ? それがなんでこの年代で使われているんだ」

 そう、『AEK971』は戦後の一九八○年代に設計された狙撃銃なのだ。

 と、言うことは……。

「試作品か」

「試作品だね」

「借りていこうか」

「ええで」

 姿をフードローブに変えながら僕もつぶやく。

 前世が関西住みだったシモナのおかげで関西弁が出てしまっている。やっぱりダメだ、ペットは飼い主に似るってこういうことを言うんだなぁと改めて実感する。

『なんだあいつ……』

 ソ連軍人の一人は呟く。

 でも僕には何を言っているのか分からない。シモナは分かるのかと思ったが、あいにくロシア語は専門外なようで。

 というか、僕を振り回して一人で立ち向かうとか、この人本当に危ない人。危険人物扱いされるのも当然だよねぇ。

「お?」

 ふとシモナが小さく声を上げる。

 なにか見つけたのだろうか。視点を戻して、僕はシモナの見る方向を見てみる。

 ソ連軍が退散している。

 いや、距離を取っている。そう言い回した方が正しい。意図的に何か狙っているに違いない。

「どーする?」

「うーんそうだなぁ。退散してくれるならありがたいんだけど、こちらかと逃がす訳にもいかん……と」

 戻っていいぞ、と言われたのでシモナのフードローブに戻る。

 こう見えて僕、角と目以外は真っ白な姿をしているので、多少雪に埋もれても気づかれにくいのが利点だ。

「どーすんのー?」

「どーすっかねぇ? 近づいたら撃たれるし、遠ざかったら拠点に潜り込まれるし……あぁそうだ、いいこと思いついた」

「ガルアットはもはや嫌な予感しかしないよ」

「まぁまぁそう言わずに。指示を頼むよ」

「仕方ないなぁ」

 僕が承諾すると、シモナは突然その場に伏せ出した。白い格好を利用して、雪に紛れて姿を消すのだ。

 え? 何する気?

 僕がそれを聞く前に、彼女はモシン・ナガンを構えている。

「おぉ狙いやすい、指示を頼む」

「えーっと、あ、いたいた。真正面より右に十七度、ほんで上に五十度くらい」

「くらいってなんだくらいって」

「だって細かいところまでわからないもん」

 重々しい銃声とともに弾丸が発射される。

 モシン・ナガンはこう見えても反動がかなり大きいため、普通の人が撃ったらまず肩が外れる案件は当たり前。

 そんなシモナの持つ暴れん坊小銃ことモシン・ナガンは、モシン・ナガンの中でも『M/二八』という小銃の部類に属されるとかなんとか。

「次」

「更に右に三十六度、下に四度」

「よし、あとはできる」

「頑張れぇ~」

 橋の上にいるソ連軍人を次々と撃ち落とすシモナ。

 森や河は広い。近くで撃たれていれば、どこから銃声が聞こえて、何処に敵の姿がいるのかが把握出来ない。さらに河で言えば、河の音や滝の音で銃声がかき消されてますます分からなくなる。

 だから姿を雪と同化させて、その原理を利用して物凄い近くで撃てば楽でしょという、なんともシモナらしい作戦だった。

 あちこちから弾が通り過ぎる音がする。気づかれてはいるが、何処にいるかが分からず四方八方に撃っていれば当たるだろうなどという甘い考えなど許されないぞソ連軍の民たちよ。

「ラスト、何処にいる?」

「お? 見つからない……近くにいるんじゃないかな?」

「?」

 と、話していた時。

 上からの影に気づいた。

 それが最後の一人だと分かる前に「上!」と声をあげる。

「えっはっ?」

 意味が理解できなかったのかそのまま横に転がるように避けるシモナ。

 同時に僕の視界も回る。

『こいつっ……! 死んじまえ!』

「なんて言ってんの?」

「知らない」

 短く返されたあと、シモナは体制を立て直し耳につけていた無線マイクをオンにして「シモ・ヘイヘだ。ルトア応答願う。オーバーどうぞ」と声をあげる。

『んぁー? なんだよシモナ、今日は休みのはずだろー? オーバーどうぞ……』

 やがて音漏れしているのか、そんな呑気な声が小さく聞こえる。

 ルトアなんて呼んで何をしようと言うのだろうか。

「ちょーっと手伝って欲しい事があるんだけど…………良いかな? オーバーどうぞ

 モシン・ナガンを持って走っている。あちこちから銃声とともに弾丸が飛んでくる。運良く当たらないのもシモナの幸運が勝っているからなのだろう。

『お? 銃声……なんだなんだ、鉢合わせしたか!? オーバーどうぞ!』

「その通りだ。外に出られるか?」

『おうとも、出られるさ! ちょっと待ってろ!!』

「了解」

 マイクをオフにして木の後ろに隠れる。

 相変わらず無差別に撃たれているが、シモナは気にする様子もなく真っ白い何かを取り出す。

「……なにそれ?」

「閃光弾」

「は?」

 ピン、と子気味の良い音を鳴らしてピンを抜き、敵兵リュッシャの方へと思いっきり投げる。

 敵兵リュッシャはそれに気づいたのか、閃光弾を撃って破壊。

 眩い光が辺りを包み込む。僕も思わず目を瞑ってしまった。

「いいねぇ! 俺は賛成だ!」

 ルトアの声が聞こえ、次に銃声も聞こえる。

 どうやら足に当たったようで、雪に膝をついてもがいている。

「頭が丸見えだぜ、ソ連兵さん」

「真正面、撃ち込もう!」

 帽子が取れて頭を向けられた。

 真っ直ぐ構えて、シモナは最後の一発を撃ち放つ。

 ……さも当然かのようにその弾は頭にあたり、うつ伏せに倒れだした。

 少しだけ痙攣していたが、やがてピクリとも動かなくなった。

「さて、時間は……」

 シモナが時計を見るのに釣られて、一緒に時計を見る。

 時刻は午後十五時ちょうどを指していた。

 かくして、牙を向いてきたソ連軍を、シモナは一時間ぴったりでほとんど一人で全滅させたのであった。

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