第二章 人外の思い
第11話 時は半年前
「シモ兵長!!」
フィンランド地域、コンティオラハティ基地建物内。
名前を呼ばれたシモナは歩みを止め振り返り、声の主の方へと視線を向けた。
「なんだ、どうした?」
「聞きました? ソ連のこと」
「あぁ……聞いた聞いた。私を殺そうだかなんだかってやつだろ?」
「そうですそうです! どうするんですか?」
「うーん……」
時は一九三九年、三月十八日。丁度第二次世界大戦が始まった頃、シモナは敵であるソ連軍から危険人物として的にされている真っ最中だった。
シモナは『くだらな……。なんで私なんですかね?』なんて呑気な声をあげていたけども、実際はとても不味い状況に陥っているのはシモナも分かっているだろう。
「上の人に話を通してくるか……」
「怖いもの知らずですねシモ兵長」
「ここに入る前から仲良いからな、マンネルヘイム
「まぁ、あの……出動するってなったら、気をつけて下さいよ?」
「分かってる」
踵を返してシモナは歩き出す。
時は十四時を回った昼下がり、日差しが長い廊下の窓から差し込んでいる。今日はよく晴れた日だ。最近は吹雪続きで、まともに外で訓練すら出来ていない。
よくあることだ。北欧のこの地域ならではのことだろう。
「……災難だねぇ、全く」
フードローブ……基、僕ももちろん一緒だ。
「あぁ全くだ」
「どーすんの? シモナ狙って来てんでしょ?」
「そうそう。どうしたもんかねぇほんと……」
はぁ、とひとため息をつくシモナ。
今年で三十四になるのに全く身体が衰えていないのも、それこそシモナだからだと言えるだろう。というか、この人が童顔すぎてそうは見えないのだ。本当に。
「とりあえず、元帥に言ってみるか……」
「うん、ガルアットもそれがいいと思う」
『司令室』と書かれた部屋の扉を、三回ノックをする。
朝七時半。今の時間は皆寝ているため、いつもは賑わう司令室前も今だけは静けさを増している。
ノックの音も、静かなこの空間に木霊して軽く響く。
「元帥、シモ・ヘイヘとガルアットです」
『おぉ……丁度良かった、入っていいぞ』
扉越しにそんな声が聞こえる。
シモナが扉を開け「失礼します」と一言上げた。
「ガルアット、いいぞ」
「はーい」
フードローブから元の姿に変化する。
こうしてみると、シモナも、前にいる元帥も小さく感じられる。
十八年も経てばそりゃあ成長するだろう。僕の身体もそれなりに大きくなっていた。
身長で例えるなら……角を含めて僕は百九十センチ程だろう。
四足歩行だから詳しくはわからないが、二本足で立てば二メートルは軽く超えると、この前シモナに言われたばかりなのだ。
「やっぱり大きいね、ガルアット君」
「これが僕ですからねぇ……そこはまぁ、否定出来ないです」
元帥は微笑んでいた。
シモナがこの民兵軍に入って、僕の正体を一番最初に公表したのは元帥だった。
初めはとても驚いていたさ。でも、あの時僕がサポートした時の話をしたら、元帥の目の色が変わったんだ。
『責任を持てるのか?』
しばらくの沈黙のあと、口を開いたかと思えばそうシモナに言ったそうだ。
『彼はもう大人です。彼の責任は、彼自身がとるものですが……私が飼い主ですから、彼の責任は私も一緒に背負います』
フィンランド語でそんなことを言っていたようだ。
その時はまだフィンランド語も少ししか分からなかった僕だ。今思えばシモナは凄いことを言っていたんだなと……少し貫禄してしまう。
「さて、本題に戻ろうかシモナ」
「えぇ。それにしても、丁度良かった……というのは、やはり元帥も?」
「その通り。今ソ連軍の一部が君目当てでこちらに来ているそうなんだ。無論僕らも全力を尽くす。だが……大半は戦力である君に任せることになる。大丈夫かい?」
「差し支えありません。私にはガルアットもついていますし、銃さえあればなんとでもなりますから」
「なりますなります!」
「それは頼もしいな」
元帥はまた笑ってみせた。
ソ連軍は近いうちに、十万人もの戦力を引き付けて、来年もやってくるそうだ。
対して、シモナの所属する軍はその四分の一程度の人数しかいない。圧倒的に不利な状況に追い込まれていた。
そして引き出しから何かを取り出した大将は、僕達に近づくよう仕草を見せる。
「……お?」
近づいて見てみたそれは、この付近の地図だった。
僕らの拠点目掛けて、赤い線を伝い矢印が引っ張ってある。
コッラーの河を挟んである僕らの拠点に、どうやって来ると言うのだろうか。
「恐らくソ連軍が通るであろうルートだ。事前に調べておいた」
「ふむ……」
「シモナ? どったの?」
地図を見ているシモナの目が明らかに違うことに気づいた。
まるで『別の道を通ってくるのではないか』という、そんな目だ。
「一応偵察してみるー?」
「それが良さそうだな……」
「……よし。任せよう。もしはちあったならば、その時はその時だ。思いっきり撃ち殺してやれ」
「はい」
「はい!」
二人同時に軽く敬礼をしていた。
僕は、その姿が毎回かっこいいと思っている。
人間になれたら、とも思うのだが、残念ながら僕の能力の『自由自在に姿を変える能力』の中に、人間に変化が出来る力が存在しない。
それだけが欠点で、どうにかなれないものかと試し繰り返していたのだが……結果はどれもダメだった。
「では、失礼します」
「失礼します!」
いつも通りフードローブに変化してシモナに着せられる。
こんな日常が当たり前になってきていて、別に人間になれなくても、彼女のそばにいられたらそれでいいかと……最近は人間になることを諦めている。
扉を閉めて、真面目な顔から一変ふわっと女の子らしい顔に戻ったシモナ。
表情の一変はどうやってしているものなのかと前にシモナに聞いたが、『うーん……ごめん、分からない』となっがい沈黙を挟んで曖昧な返事をされたものだ。
「緊張してた?」
「まぁね」
はにかみ笑いを見せたシモナを見て、僕も思わずふふふと声を上げてしまった。
僕が普段の姿で話す時は、普通の人間のように、口から言葉を発するタイプ。逆に何かに変化している時は、テレパシーのように頭に直接話しかけるタイプだ。
だから、近くにいる人にもたまに聞こえてしまう時が多々あって、入りたての時は誤魔化すのが大変だったとのシモナからの経験談を聞いている。
「そういえばガルアット、最近他の人に声聞こえないって言われる時あるよな」
「え? あぁ〜うん、よくある」
フードローブの時はテレパシーなため、最近は他の人に聞こえないように、意識をシモナだけに集中して話しているのだが……それだと周りには聞こえないそうだ。
僕自身、こればかりはどうしたらいいものか分からないのだ。使い分けが難しくてどうにもならない。
「それもまた調べなきゃな。さてと、探索しますか」
「うぃ! 今日は乗る?」
「乗ろうかな。出来れば走りたくないし」
「おーけー!」
二人で仲良く話しながら、拠点の出入口の方へとシモナは足を進めていく。
僕といる時だけ女言葉になるの、本当にシモナらしくて僕はいいと思うんだ。
今までは誰に対しても男言葉で統一してたらしいし……シモナもこの方が楽だと思うから、僕は気にしていない。
ほんと、べっぴんさんな飼い主だよ。
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