第10話 行きたい道は、新たな道

「めんどくせぇぇ……」

 一週間後、第一声はこの七文字。

 また出ることになるとは。とシモナは心の中でルトアを恨んだ。

「がんば、シモナ!」

「がんばじゃねぇよ! また出るのかよ!?」

「え? いいじゃん出たくなかったのか?」

「そういう訳じゃなくてですねぇルトアさん? だったらお前が出ろよ」

「じゃあ俺も出る」

「なんでそうなるんだって!」

 ……とこのように、思わず日本語が出てしまうほどの同様振りを見せていたシモナをみて「大丈夫かなぁ……」と、いつも通りフードローブに化けたガルアットが小声でつぶやく。

「はぁ……まぁ大丈夫だろ、今日は当てる気ないし」

 出るとは言ったものの、当てる気などさらさら無かったシモナである。

「がるあっとがサポート? するから大丈夫!!」と自信満々に呟いたのを聞いて、シモナは更に深い溜息をついた。

 こうして他の人の射撃を見ていると、皆が皆、軸がぶれたり弾の軌道に合わせられなかったりして、結構外したりする人がほとんど。

 それがこの大会なのだから。前回「また?」とシモナが言っていたが、実は年に数回分けて行われている大会でもある。

「あ、ほら次シモナだぞ」

「へーへー……」

 はぁ、と白い息を吐いて、大会用の狙撃銃を持つ。

「……あぁ、L96A1だ」

「はい?」

 突然の変な言葉に、素っ頓狂な声をあげたガルアットを思ったのか「あぁ……名前だよ、狙撃銃のな」とガルアットによく見えるようにその狙撃銃を胸前に持ってきてみせた。

「L96A1ってなんですかシモナ先輩」

「NATO標準の七・六二ミリ×五十一Rを使うボルトアクション式のライフル銃だよ。

 撃発機構を収めた機関部の下側に十発入りの着脱式箱形弾倉ちゃくだつしきはこがただんそう……えーっと、言い換えれば、マガジンをつける、ごく普通といえば普通のライフルだ」

「何言ってるわかんなかった、とくにちゃくなんとか」

「着脱式箱形弾倉な。専門用語ばかりだし、分かる方が凄いと思うぞ」

 実際、こうしてシモナが説明できたのも、銃に詳しい父のお陰なんだとか。

 ……ガルアットから見えて、少しだけシモナの顔が苦痛に歪んだように見えた。気がしただけかもしれない。

 ガシャン、と重々しい音を奏でながら銃を構える。

「……あ」

 と、ガルアットが一言呟く。

「どうした?」

「左前方、斜め四十五度」

「は?」

 突然、彼はそんなことを言い出したのだ。

 まるで人格が変わったかのように、その声は真面目であった。

「サポート。うごいて」

「え」

 左前方、斜め四十五度。

 言われた通りの角度に照準を合わせた。

 合っている。五つあるうちの一番左の的だ。

 こんなことがあるのだろうか。

「そのまま、撃って」

「うん……」

 先ほどと同じ返事をして、シモナは引き金を引く。

 物凄い音とともに、彼女の身体は銃と共に軽く後ろへと引っ張られる。

「……あ、当たった」

「へ?」

 言葉だけじゃどちらが話したかよく分からないが、先に発したのはガルアットのようだ。

 ルトアから見て、この時のシモナとガルアットは、文字で表すと話し方が非常に似ていたのだ。

 それに、この時のガルアットは、少々声が低かった。もう少し高くすれば、完全にシモナだろう。

「これだからこの銃は……。反動が大きいからあまり使いたくないんだよ」

「あー、なるほど……」

 周りから少しばかり動揺の声が上がる中、またリロードをして構える。

「……次は?」

「前方、下に十二度」

「オーケー」

 また言われた通りに、シモナは照準を合わせる。

 ただ度数はガルアット本人もかなり感覚で言っているので、微調整は銃を持つ彼女が担当する。

 引き金を引くと、さも当然かのように弾はど真ん中に当たった。

「……わお」

「すげぇな、ガルアットもシモナも……」

 見に来た母と、順番待ちのルトアが同時に言葉を発する。

 たがだか十六の子供がこんな射撃を見せたら、そりゃあ動揺するよな……なんて思いながらも、シモナの射撃を見続ける。

「次、右少し奥、上に六十四度」

「よし」

 小声で聞こえるガルアットの指示を利きながら、言われた角度に照準を合わせ、また引き金を撃つ。

『すげぇ、全弾命中したぞ』『なんだあの子、ほんとに女の子かよ』『あの子は……いいな』などと声が上がり、仕舞いには『あの女の子、どんな訓練受けてるんだよ……嫁に欲しい』などと目を輝かせながら言う者もいた。

「いやそれはダメだ、シモナは俺が貰う」

 ルトアの発言で照準がずれて変な方向に弾が飛んでいく。

「空気読めアホ!!」

ルトアに怒鳴って、また銃を構えたシモナに対して「へ? 俺……なんか変な事言った?」と真顔でカトリーナに問いかけたルトア。

「ふふ……ううん、あなたは何も言ってないのよ、大丈夫」

そんな微笑ましい光景を見ていたカトリーナは、笑いを堪えながらルトアの問いに答えたのであった。


 ***


「あー惜しかったなー!」

 帰り道、時は日の落ちる夕方。

「まぁまぁルトア、また飾られるトロフィーが増えたんだからいいことじゃない?」

「……お母さん、ルトアが言っていることとすごい矛盾してるけど……」

 重そうなトロフィーと、輪ゴムで巻かれた賞状を片手ずつ持ちながら、シモナが呆れ顔で言う。

「よかったねーシモナ!」

「あぁ全くだ、またこれでトロフィーが増えたよ」

「シモナ、お母さんにも日本語教えてよ〜」

「んぁ? あぁ……まぁいいけど、日本語は……」

 自分の基準で考えてはいけない。そう思ったのだろう。

 日本語は簡単だよ、と言いかけたが、シモナはそれ以上言うことをやめた。

「ちょっといいかな?」

 ふと後ろから声が聞こえた。

 シモナが振り返ると、やや猫背な中年の男性が駆け寄ってきていた。

「……?」

「……?」

 ほぼ同時にキョトンとして、ルトアとシモナは顔を見合わせる。

「どうしたんですか?」とルトアが口を開くと、その男性はシモナに用がある様子で、少し慌て気味に言葉を発した。

「君、十六歳だろ? 来年、僕らの陸軍に入らないか?」

「はえ?」

 シモナにとって、スカウトが来るというのはそうそう珍しくもない。

 が、過去にも何度か海軍や空軍にスカウトされたが、陸軍からスカウトされたのは初めてだった。

「まず、どんな所か分からないので……すぐにはいとはお答えできませんが……」

 実はシモナ、海を泳ぐ海軍や、空で戦う空軍ではなく、銃を片手に大地を走り抜けて戦闘を行う『陸軍』には少し興味があった。

「……あの、差し支えなければ見に行かせて貰えませんか。トロフィーなど置いて来た後でもいいのでしたら」

「本当かい? もちろん、大丈夫だよ。僕はこういう者とだけ名乗っておこうかな」

 名刺を渡される。受け取ったその名刺には、フィンランド語で『マンネルヘイム』と書かれていた。

「……あなたもしかして……カール・グスタフさんでは……」

「お? あとに名乗ろうと思っていたら、どうして知っているんだい?」

「……いえ、何故なんでしょうか」

 何故かシモナは、その日初めてあった中年の男性……基、『カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム』を知っていた。

 何も前世で調べた訳でもない。というか、心寿は銃などにはめっきり興味がなく、寧ろ戦争を反対する思考の持ち主だった。

「え、マンネルヘイム……元帥の方じゃん、なんて人に話しかけられたんだよシモナ」

「知らんわ」

「不思議だねぇ……僕は、君とはどこか気が合う気がするよ」

「……私もです」

 その日、何事も無く一日が過ぎようとしていた。

 シモナもシモナで、その後興味のあった陸軍を体験出来て、少しだけ自分が何がしたいのかを自覚したようだった。


 ───ただ、夜を除いては。


「…………」

 深夜零時。皆が寝静まった頃、彼はいつも通り起き上がり月を見上げる。

「しもな、優勝出来た」

 それはまるで、誰かに報告をしているかのようだった。

 その光景を目の当たりにしていたのは、

「しもな?」

 シモナだった。

 寝付けないからと、少しばかり目を閉じていただけだった。

「……おきてたの?」

「寝付けなくてな。誰に話してたんだ?」

 起き上がり、ガルアットの方に近づく。

「あれ」

 彼が前足で器用にさしたのは、窓越しに見える小さな月。

 煌々と輝くその月は、何も語らない。

「……月?」

 言えやしない。月は月なのだから。

 意志を持たない。人間のように、意志は持てない。

「面白いな、お前は」

「……ん? シモナとガルアット、起きてたのか」

 やがてルトアも起きてくる。

「みんな集合だな」と小さく呟いたシモナは少しだけ微笑んでいた。

「進路、決まったか?」

「まぁね。あの陸軍に惹かれたんだ」

「ほぉー?」

「だから、私はあの陸軍に行く。誰が何を言おうと、行く」

「ええやん!」

「……それを前提で、ガルアット。お前にお願いがあってな」

「お願いー?」

 キョトンとしたガルアットと目を合わせて、シモナは言う。

「……私についてきて欲しい」

「ほえ?」

 シモナの願い、それはガルアットを一緒に連れていく事だった。

 今日の射撃大会で聞いたガルアットの声。そんな声を、シモナは心寿の時に聞いたことのあるような気がしていた。

 それに、あの位置情報は正確だった。

 目がいいのだろう。彼がする指示の向こうには、必ず的の中点が存在していた。

「うーん……」

 彼は少しだけ考えた。

 このままシモナについて行けば、いずれ戦場を共にする時が来るかもしれない。

 ……やがて頭の整理が出来たのか、「うん! いいよ!」と大きく頷いた。

「……ありがとう、好き」

 優しくガルアットに抱きついたシモナは、ルトアから見れば何処かの国で、小さな貧困民が大型の犬に抱きついているような。

 少しばかり、寂しい光景に見えた。

「へぇー、いいじゃん。……」

「? ルトア?」

「……俺も行く」

「は?」

「ほえ?」

 そんな一人と一匹を見て何を思ったのか、ルトアはそんなことを言い出したのだ。

「……まて、それはお前の意思か?」

「あぁそうだ。俺の意思さ。纏う事無き、このルトア本人の意思だよ」

「…………」

 珍しいと同時に、嬉しいとも、シモナは思った。

 同じ道を歩んでくれる家族がいる喜びという感情は、内心だけではなく顔にも出ていた。

「……すげぇ嬉しそうな顔してるな」

「あ、当たり前じゃん、だって一緒に行くんだよ、いいじゃん!」

 珍しくシモナは取り乱していた。いつもジト目な彼女が目を開いて微笑んでいるのだから。

「……でもさ、私怖いんだ」

「シモナ、それはどういうことだ?」

「……?」

「目の前で人を失うのが。もし自分のせいで人を失ったらって考えると、怖くて、しょうがなくてさ……」

 少しだけ震える自分の手を見つめながら、シモナは寂しそうに言う。

 彼女は、心寿だった時の過去を思い出していた。彼女の前世……心寿は、幼い頃に自分の目の前で自殺をした友人を見ていた。

 その友人は、心寿が物心を持った時から仲の良かった幼馴染みだったのだ。

 とある時、喧嘩をして……その子が台所から持ってきたのは、酷く鋭く、そして心寿にとってはとても大きい包丁だった。

 自分で自分の首を刎ねて自殺したのだ。それも、心寿の目の前で。何も言わずに、ただ冷酷に。

「大丈夫だって、お前が失うものは何も無いさ」

「そーそー!」

「……そう、か。ありがとう」

 月明かり照らす窓の下。

 彼女は、ゆっくりと、静かに微笑んだ。


 ***


 二年後、十五ヶ月の寮訓練を受けて、シモナとルトアは晴れて軍人になった。

 その日『白い死神』と呼ばれる、一歩手前まで、時は進む……。


 ───しかしそれは彼女にとって最悪の事態を招く、例えるなら悪夢を見るような事柄を示すことになるとは。


 その時は、まだ知る由も何も無くて。

 彼女達が何もかもに絶望するのは、まだまだ先のお話。


 NEXT→第二章『人外の思い』

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