第4話 ルトア
彼の名はルトア。
十四の時実の親に捨てられ、その年にシモナが地元で彼を拾い、家に連れて帰ったら母親が一緒に暮らさないかという提案をしてきて、今では養子としてシモナの家に滞在している。
他に兄姉妹のいたシモナとしては、同年齢のルトアは双子の弟のような感覚であろう。
しかし人見知りなこともあってか、シモナと同じで普段から何も話さないし、人と目すら合わせない。狩猟の為だけに人生をかけているような、まるで命懸けな人であった。
ただそれは目だけであって、本来はとても心優しい人物であることは確かであった。
「へえ、裏で拾ったのか」
そんなルトアとシモナは随分気が合うようで、彼の話し相手もシモナほどしか居ない、という現状にある。
「ガルアット。雪山で拾ったんだ、可愛いだろ?」
「いや可愛いけど、お前も無責任だよなぁ……」
「何がだ?」
「そういうのは飼える環境にないと飼うことなんて難しいぞ?」
腕組みをしながらルトアは呆れ半分で呟く。
「だからといってお前はこんな極寒の中見捨てるとでも言うのか?」
「俺はそれに賛成だな」
「うーんそうか……」
彼女はそれ以上何も思わなかった。
そういう思考なのは知っているから。
この考え方が、彼の『いつも通り』の考え方だと思っているから。
「……だが、俺も捨てられた身だからな。こいつの気持ちはよく分かる」
程なくして彼はまた呟く。ガルアットに近づき、彼はその頭を優しく撫で回すと、「辛かったろうな。こいつも」と少し悲しそうな目をする。
「……」
意外であった。てっきり追い出せとでも言うのかと思ったら、こんな優しく撫でるとはと。
こいつ意外と優しい奴?
シモナが拾った身とはいえ、最初はさすがにお互いに警戒していた。数日は近づかなかった程だ。何もしてこないという事が分かり、一週間程してようやく話せた……なんていう思い出は、とうの昔のお話。今となっては懐かしい。
「追い出さないのか?」
「そうしたら俺もお前もこいつも悪者だ。余程のことがない限り、俺もそれはしない」
「……なら、いい」
先程から置いていかれているガルアットは、困惑した様子でシモナ達を交互に見つめている。
「ああ、紹介するよ。ルトアって名前でな、同じくここのメンバーだよ。こいつも捨てることも攻撃することもしない」
少し警戒をしていたガルアットは敵ではないことを理解すると、「るとあ!」と明るく声をあげて彼の名を呼んだ。
「……呼んだか?」
「ふふ、呼ばれてるぞ」
「笑うなよ」
「るとあ! るとあー!」
「なんだよ?」
「!?」
突然驚いてシモナがざりっと後ろへ後退する。
それもそのはず、ルトアがあまりにもネイティブな発音で日本語を話したのだから。
本来フィンランドでも日本語を話せるフィンランド人はほとんど居ない。いるとすればかなり変わった人と言える。だがルトアは話したのだ。日本語を。それもシモナの目の前で。
滅多に表情を変えないシモナも、今ばかりはとても驚愕の表情をしていた。
「シモナ、急に後ずさりしてどうしたんだよ?」
「お前日本語話せたのかよ」
「そりゃあお前が昔から日本語話してたら覚えるわな」
「きしょい」
「それいうならお前じゃね」
「お互い様だろ?」
そう、ルトアは常にシモナの後ろにいるし、教会で読み書きを習う時以外で日本語の勉強をたまにしているのを、横目で見ていたのだった。
そう思うと俺のお陰でもあるのか、とシモナは不思議と納得してしまった。
ふとカレンダーを見る。
今日は十二月二〇日。
そこから前の日付は全て×がついている。
その三つ隣、二十四日の下には小さく「
「……明日、クリスマスか」
「クリスマスだなぁ」
フィンランド語で呟いたシモナ達に対して「くりすますー!」と何故か日本語で返すガルアット。驚いてガルアットの方を向き「お前ほんとはフィンランド語分かるんじゃないのか?」とルトアは質問をする。
「それは言えてるかもしれない。こいつ色々と変な所あるし」
困惑した表情を浮かべて呟いたルトアに対し「くりすますってなに?」とガルアットは疑問に満ちた声で彼女らに質問した。
「自分で言っといて聞くのかよ!」
「クリスマス……うーん?」
「説明しづらいよなぁ」
「簡単に言えばプレゼント貰える日だよなぁ」
「ぷれぜんとー?」
日本語で話した為に通じたのか、ガルアットは疑問に満ちた声で復唱する。
人間界にしか有り得ないイベントなのだから、そりゃあそうなるわな。
「ただで貰えるものだと理解しとけ」
「ほうほう……」
「シモナもさすがにイヴは家に帰るだろ?」
「まぁ、うん。帰るかな」
正直言って帰りたくないけど、と日本語でぼそやいたのをガルアットは聞いていた。
「なんでー?」
「え?」
「なんで、かえりたくない?」
……シモナの表情が曇る。まるで何かに怯えるかのような目付きをし、視線をガルアットからずらして暖炉の方に目をやっている。そんな彼女に、ガルアットは首を傾げた。何故こんな顔をするのかが理解出来ないのだろう。
「こいつの家庭の事情ってやつだよガルアット。触れてやるなよ、いいな?」
そんなシモナの表情を見て分かったのか、頭を撫でてルトアは優しく言った。
「わかった!」とニコニコしてされるがままのガルアットを、シモナはそのまま微笑んでみていた。
……その微笑みの裏には、きっと複雑なことが絡んでいる。
彼も極力触れないようにはしているし、ガルアットも触れないようにと心がけようとは思っているのだろう。
それ以上、彼女の家庭事情のことには口にすることは無かった。
「でもよシモナ、そいつどうするの?」
「それなんだよなぁ〜、どうしようか本当に……」
「??」
「お前、なんか能力とか持ってるのか?」
「ルトア、なんでそれを聞いた?」
「いやぁ人外だし、言語理解出来るなら能力の一つ二つは持っててもおかしくないだろ?」
「変に納得してしまった自分がいる」
うーん、とガルアットは暫く悩んでいた。
合間合間に「のうりょく……」「のうりょくねぇ……」と左右に首を傾げながらうんうん唸っていた。
「のうりょくかぁ〜。持ってるのは、知ってる!」
「持ってんのかよ」
「具体的には?」
「自由自在に姿を変えられる能力!」
「なんだそりゃ?」
「試しにやってみてくれ」
「はーい!」
すくりと、シモナの膝から立ち上がったガルアットが何かを唱える。
『変われ』
シモナには、そう聞こえた気がした。
途端、ボフンッと、薄白い煙が辺りを包む。
「うわっ……?」
それはやがて真っ白になり、視界をも白く濁らせた。
暫くして煙が晴れていき、頭上に落ちてくる何かを彼女は顔で受け止める。
彼女が今も羽織っている真っ白なフードローブだった。
「んん?」
右手で掴んでフードローブを見てみると「しもな!」とガルアットの声に合わせてフードローブが軽く動作を示す。
「うわっローブが喋った!」
「いやルトア、これガルアットだぞ?」
「んえ?」
ほら、と彼女はフードローブ……になったガルアットをルトアに渡す。
「るとあだ!」
「うわっフードローブが喋った!」
「それ二回目。まぁ〜……これなら大丈夫だな」
「だいじょぶ?」
「完璧」
「むふん!」
再びボフンッと煙を撒きながら元の姿に戻ったガルアットはニコーッと笑った。
「よかったなガルアット、家に帰れるぞ」とシモナがガルアットをひょいーっと抱き上げてもふもふしている。
「そういえばクリスマスって、ガルアットの発音に少し似ているな」
「
「似てるだろ」
「にてるのー?」
ルトアもまた、彼女の微笑みを見ていたようだ。
「珍しい……」と、一言呟いていた。
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