第3話 僕らと一緒に

「……で、シムナ。そいつは?」

「動物か!」

「かわいいな!」

 時刻は十三時二三分。昼寝から起きてきた仲間達が発した第一声だ。

 みんなガルアットをみて可愛いと声をあげていた。中には撫でている者、顔を埋めてもふもふしている者もいる。しかしそれらの顔は皆笑顔であった。

 狩猟小屋に集まる子供達は皆笑顔のものが多い。和む空間とは裏腹、ガルアットは少し緊張気味であった。

「あうあう……」と変な声をあげていたガルアットを見て、シモナはかなり安心した。

 これで軽蔑されて追い出されたりなどしたらどうしようなどと思っていたのだから。

 その時はその時で、持つもの持ってガルアットと共にここを出る覚悟までしていたのだ。この反応なら、皆受け入れてくれるだろう。

「なぁシムナ、こいつ男か!?」

「さぁ? そう言えばどっちなんだろうな」

「分からねぇの!?」

「見たところ男の子っぽそうだけど………違うの? シモナ」

「それがなツツリ、分からないんだよ。というか、そもそも聞いてすらいない」

 シモナと他の人達を交互に見て首を傾げるガルアット。

 鈍感とも言える彼女は気づかなかったのか「ああそうか、分からないんだっけ。えぇと、さっき会ったコルトア。んでこっちがツツリ。こいつが……」と、やがて日本語でガルアットにメンバーの紹介をするシモナ。

 そんな彼女を見て、「……だろ? やっぱ珍しいよな」と声をあげていた。

「はい? 何がです?」

「いいえ、その……あなた、あまり私達のこと紹介したがらないから珍しいなぁって」

「……?」

 シモナが訝しげな顔をすると「いや、そのままの意味っす」と、シモナの隣にいたコルトアが控えめに答えた。

「…………」

「みんなやめてあげましょ、シモナがこれまでにない困惑した表情を浮かべているわ」

「「「「やっぱ珍しい!」」」」

 声がこぞって揃った声に、ガルアットは少しだけ身体が跳ねる。

 言語が通じないガルアットにとっては何を言っているのかは少々不鮮明だが、とりあえず驚いているということは間違いない。

「んでシモナ、その子はシモナがお世話するの?」

「ツツリ、お前はこの極寒の中雪山に放り込んで一人で生活させろとでも言うのか? 鬼畜か?」

「悪かったわよ……」

「まぁ、シムナさんがそう言うなら可愛がりましょーよ。可愛いし」

 眼鏡をかけ、茶髪黒目のイェレミアスがガルアットの頭を撫で回しながら言う。

「そうだなー! シムナ、こいつ名前なんて言うんだっけ?」

「ガルアット」

「ガルアット! 私気に入った、この子可愛い!」

「厨二病……」

「なんか言ったか? コルトア」

「いえなんもないっスよぉシムナパイセン」

 気がつけばメンバーが楽しそうに相談していた。

「こいつ何食うのかな?」「人の言葉を話す動物なんて初めて見た!」「それにしても可愛い……」「美味しいかな!?」などと声があがっている。

 (……いやまて、最後の美味しいかなは軽くサイコパスだろ。)

 そう思いながらも、シモナは少しだけ笑みを見せた。

「あっほら見ろ! またシムナが珍しく微笑んでる!」

「え? うわぁホントだ!」

「笑わない猟師が笑うなんて異例だろ!」

「大袈裟だろお前ら」

 困惑するのも無理は無いと思いつつも、やはり皆が驚く理由が理解できないと感じているシモナの横で「笑ってるー!」とニコニコしながら日本語で明るく声をあげたガルアット。

「……シモナ、この子今なんて言ったの?」

「「笑ってるー!」だってよ」

「珍しく声が明るい!」

「明日は雨が降るぞ! 俺帰ったらシムナのこと両親に話そう!」

「降らないだろ! あと話さなくていい!!」

 ここに居るのは、シモナと同じ成人未満の人達。さすがに中学生はいない。いるとしたら十七、八歳が平均の歳の子ばかりだ。

 シモナは十六歳。高校には行かず、夏は農民、冬は狩猟を主にして働いている。

 言うならば、まだ「子供」なのだ。

「シモナは今日帰るの?」

「え? あー……」

 ガルアットから目を逸らし、苦笑いを浮かべたシモナは少し間を空けて「今日も、ここに居る」と控えめに呟いた。

「オーケー! 小屋の戸締りよろしくな!」

「分かってる」

「?」

「……家までは流石にな、お前を持っていけないから。今日はここに泊まるよ」

「いっしょ?」

「一緒だ」

 パァッと、ガルアットの表情が明るくなる。スリスリと彼女に頬擦りをするガルアットを、シモナは……またしも微笑みながら受け止める。

「……やっぱ明日、雨が降るよ……」

 メンバーの一人がまた、そう呟いた。

 そんなわいわいしているメンバーから外れて、影でその光景を眺める姿が一人。

 ガルアットはその存在に気づいていた。だからこそ、彼と目を合わせようと思ったのだが、どうしても視線を外されてしまう。

「じゃ、俺達はもう帰るよ」

「何度も言うけど、戸締りよろしくね! あ、ルトアも挨拶しておきなよ! 人の言葉が分かる動物なんだってさ! 私感動しちゃった!」

 銃を置いて小屋を出ていく仲間達の背を、彼は目で見送る。スッと出てきてはガルアットに近づき、「ふぅん……」と一言こぼしてわしゃわしゃと撫でくりまわした。

 ガルアットにはその行動が理解できなかったが、シモナが「ああ、そいつ人見知りなんだよ」と日本語で説明を加えた。

「シモナ、フィンランド語で」

「ああ、すまんすまん」

 突如として現れたこの少年は一体誰なのか。シモナは日本語でまた説明をしていくのであった。

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