第11話:この親にしてこの子あり
休日だというのにスーツ着用。
近所の和菓子屋に無理を言って用意させた菓子折の入った紙袋を片手に、俺はスト子に案内され、一軒の家の前に立っていた。
俺は生唾を飲み込み、玄関のチャイムに手を伸ばし……
「よく来てくれた。君が門倉九郎君だね」
チャイムを鳴らす前に中から出てきた異常なまでに友好的な男性に出迎えられた。
男性は年齢的に見て、まあまず間違いなくスト子の父親だろう。
スト子父は俺の横のスト子に目を向けた。
「美雪は母さんを手伝ってきなさい。しばらく男同士で話がしたい」
その呼びかけで、スト子が2度にわたり名前を詐称していたことがはっきりしたが、そんなことはもはやどうでもいい。スト子はスト子だ。
「さあ、中に入ってくれ。妻も張り切って料理を作っているんだ」
重要なのは、俺の目論見はこの時点で瓦解が確定しているということだ。
座敷に通された俺は、ひとまずはネットで読みかじった作法の通りに菓子折を渡し、紙袋を折りたたんで手元に戻した。
「こんなものまで……あの美雪にほんとうに彼氏が、しかもこんな常識人の彼氏ができるなんて……」
涙ぐむスト子の父親の姿を見て、俺はなんとなくスト子の家族の苦労を察した。
「門倉君、娘をよろしく頼む」
「まだ俺何も言ってませんけど」
あまり苦労はしていないのかもしれない。この、なんというか、脳内脚本に基づいて話をポンポン進める感じはスト子によく似ている気がする。
「美雪が恋人を連れてくると言ったときにはどんなドッキリだと警戒したが、まさか社会人を連れてくるなんて思っていなかったよ」
「話聞けや」
俺のため息など気にせず、スト子父は語りだした。
「美雪はな……小学生のころから気になる男の子の靴の匂いを嗅いだり体操服のズボンを盗んできたりリコーダーをなめているところを見つかっていじめられたりしていたんだ」
「真正の変態じゃねえか」
「失礼ながら、そんな美雪がまともな男性を連れてくるとは思えなくて警戒していたが、窓からスーツ姿の君が見えた時点でもう娘を任せられるのは君しかいないと」
そんな理由で得体のしれない馬の骨であるところの俺に娘を託そうとするスト子父の気持ちは、しかし痛いほどわかった。
「そうかもしれませんね。あの変態と渡り合える奴がまともなわけがない」
あの変態は、一歩間違えば父親の分からない子供をこさえてシングルマザーになっていてもおかしくない。それよりはまだ、どんなクズでも娘を任せるという一言で責任ごと押し付けたほうが、幾分かましなのだ。
だが、スト子父は驚いたような顔で俺の顔をまじまじと見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます