第10話:ヤンデレにノーガードで殴りかかってみた

 ゆらりと立ち上がった俺から逃がれるように、スト子は素早く立ち上がり半歩後ろに下がった。


「あ、あの……九郎さん?」


 じりじりと前進する俺との間合いを保つように、スト子もまた後退する。


 が、狭い室内での直線的な移動には、すぐに限界が訪れる。


 俺は壁際に追い詰めたスト子の顔の横に手を置き、逃げ場をなくした。

 俺のようなさえない男がやったところでまるで絵にならないが、姿勢だけを言うならば所謂壁ドンという奴だ。


「さんざん襲え襲えっつってたんだ。今襲われる覚悟くらいあったんだろうな?」


 異常に高いテンションで圧倒してくるこの変態を逆に圧倒する。

 そんなくだらない行動の成果を、俺の冷えた脳髄は『無意味』と断定した。


「はい……!」


 顔を上げて俺を見返すスト子の表情が、歓喜に満ち溢れていたから。

 本気だ……この女、本気だ……!


「一応言っておく。俺は女の扱いが下手だ」


「大丈夫です」


「乱暴なやり方しか知らない」


「平気です」


 ……だめだ、この女が嫌がることをできる気がしない。


「……降参だ」


 俺は負けを認めることにした。

 どうあがこうが、この女には勝てない。


「あの……九郎さん?」


 ため息をつきながら食器の片づけを始めた俺に、スト子は大好きなプリンを目の前にしてまだ食ってはならないと言われた時の姪っ子によく似た声を出した。


「生憎、俺はお前ほど常識をぶん投げる度量がなくてな。俺に抱かれたいなら祝言を上げてからにしてもらおう。まずは、ご両親にご挨拶だ」


 俺は根本的に間違っていた。

 非常識極まるスト子に非常識で挑んではならないのだ。

 相手の土俵で真正面から戦うなど、愚の骨頂。

 非常識な女を相手取るなら、相手をまず常識の土俵に引きずり込むことからだ。


 そして、スト子は未成年だ。

 両親の承諾がなければ結婚などできない。

 その結婚のあとでなければスト子の望みが叶わない状況に持っていけば。


 待たされることに疲れたスト子が俺への興味を亡くしてくれるかもしれない。

 隘路ではあるが、しかし確かに見える勝ち筋。


 俺は、食器を洗い終えた手を拭きながらスト子の顔を盗み見た。


「ほ、本当ですか!?」


 ものすごくきらきらした顔で喜んでおいでだった。


「ああ。そう言えば明日は休みだったか。早速明日、案内してもらおうか」


「はい!」


「じゃあ今日は帰れ。明日寝坊するなよ」


 明日の予定を決めてやると、スト子は驚くほどすんなりと俺の家から出て行った。


「……って、意地の張り合いに結婚なんて重大なもんまで持ち出した時点で負けてねえか、俺」


 嫌な可能性に思い至ってしまったので、俺は布団を敷いて寝ることにした。



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