第6話:裸エプロンは男のロマン

俺の目の前で起こった超常現象。

スト子がなんの脈絡もなく脱いだ。

料理する気だったはずのスト子が。

なんの脈絡もなく。

鼻唄混じりに。

脱いだ。


その事実をまともに認識するのに、俺は数秒を要した。


「何、してんの?」


「裸エプロンですけど」


うろたえる俺とは対照的に、スト子は大したことでもないかのように淡々と答えた。


「なんで」


「男のひとの家で料理を作るときはそうしなさいって」


当たり前のように言うスト子だが、そんな常識、少なくとも俺は一度だって聞いたことがない。


「誰が?」


「お母さんが」


俺は、スト子がこんな風に育ってしまった理由を知ってしまった気がした。

あの親にしてこの子あり、というやつだ。


「親の顔が見たいって、こういうときに使う言葉なんだろうなあ」


こんな変態を育てる親がどういう人なのか、多少の興味を持ってしまうのは自然なことだと思う。


「両親に挨拶! キタコレ!」


「なんでだよ」


あられもない姿のまま目を輝かせるスト子は、どこに出しても恥ずかしい変態さんだった。


「とりあえず服を着ろ」


「はい!」


元気いっぱいに返事をしてくれたスト子は。


エプロンだけを着た。


「なんでだよ⁉ もっと布面積のあるものを着ろよ!」


あくまで裸エプロンを貫くつもりらしいスト子に、手近な服をつかんで投げつける俺。


本来着るべき服がスト子の足元に転がっていることなど俺の頭からは消え失せていた。


「九郎さん…」


面白いいたずらを思い付いた子供のような表情でこちらを見るスト子の手にあるのは、俺のコート。


閃いた。通報しよう。ダメだこの状況で通報しても俺が塀の中に行くだけだ。


「裸コートプレイがしたいならそういってくれればいいのに」


予想通りの答えで安心したよスト子。


俺は窓の外を見た。

これがクリスマスだったら恋人たち歓喜、っな具合の雪景色。よし。


「じゃあ野外露出放置プレイで」


俺はスト子の腕をつかんで玄関のドアを開けた。さて、このままだと寒空の下に裸エプロンで放り出されるスト子はどんな面白い言い訳でこれを逃れてくれるのだろうか。


「死んじゃいますよぉ‼」


直球ど真ん中。なりふり構わない懇願。

命の危機だと察したのだろう。鬼気迫る半泣きの顔ですがり付いてきた。


俺は一つ深呼吸した。この状況で閉め出しを強行できるほど俺も悪党になりきれない。


「それと同じだ。そんな姿の学生が部屋にいたら俺が社会的に死ぬ」


互いに殺意はないはずだ。ならば、分かり合えないことはない。そのために払う和平交渉のコストも、戦争に比べれば安いだろう。


それとも、ここは相手を気遣うふりでもした方がいい場面だったのだろうか。


「服は全部着てくれ。薄着だと風邪を引く」


言ってから、思い付きで行動する自分の軽率さを呪う羽目になったのは、もはや言うまでもない。

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