第4話:だめだこいつはやくなんとかしないと

いつの間にか俺の名前を知っていたストーカーを部屋に放り込んだ俺は、とりあえず落ち着くために冷蔵庫を開けて麦茶をコップ二杯飲み干した。


「九郎さんの部屋! 九郎さんの匂い! ここは天国ですか! んふぁぁぁぁ! 九郎さんの枕ぁぁぁぁ! くんかくんかすーはーすーはーじゅるじゅる!」


コップを置いて振り返るまでの10秒かそこらの間に、いろいろなものがいろいろな意味でもうどうしようもなく取り返しのつかないことになっていた。


「……」


うまく喋れない。なんでだ?

答えを求めて口許に伸ばした手が、すぐに答えをつかむ。


「…お前、どこで俺の名前を知った?」


開いたままだった口を一度手動で閉ざしてから、あらためて尋ねる。そりゃ喋りにくいわけだ。


「くんかくんか! くんかくんか!」


「聞いちゃいねえ…」


変な女に付きまとわれるし枕は使えなくなるし、控えめに言って田舎に帰りたい。


電気ケトルに水を入れながら、俺は枕を買い換えることを決意した。


「枕、やろうか?」


「くれるんですか!?」


コンマ二秒で奴は振り返った。


「都合のいい耳してますねアンタ!」


俺は頭を抱えた。質問に答えたらくれてやるという取引を持ちかけようなんてこざかしい思い付きなどとうに忘れて。


「名前は大屋さんに聞きました!」


そしてストーカーちゃんは取引するまでもなく答えるのだが。


「個人情報保護法仕事しろぉぉぉぉぉ!」


もう何もかもが滅茶苦茶だった。


「いとこのお兄ちゃんが404号室に住んでるって言ったら門倉九郎さんで間違いない? って確認されて」


なるほどそのパターンなら警戒もしづらかろう。確認のために別の情報を開示するのはよく使われる方法であるし、住所を知っている身内なら名前を知ってて当然と認識するのも自然だよく分かる。分かるからこそ。


「そうだろうなお前学生だもんな可愛いもんなまさかストーカーなんて思わず親切にしちゃう大屋さんの気持ちが分かるのが悔しいゼ畜生ァ!」


それを巧妙に利用するこのストーカーにどう対策すればいいのかさっぱりわからん。


「え、か、かわ…」


「どうした」


「今、かわいいって」


なんかくねくねしだしたストーカーは、とんでもない妄言を言い放った。外見はともかく、こんな変態をかわいいと思うほど落ちぶれてはいない。


「聞き間違いまで自分に都合がいいんだなさすがスト子」


このときの俺は、自分が動転して口走った、奴の外見への言及に気づいていなかった。


「スト子ってなんですか!? 私をストーカー扱いですか!? 私は九郎さんの匂いに一目惚れ、じゃない、ひとかぎ惚れして愛ゆえに好きなひとを追いかけていただけなのにストーカー呼ばわりなんてあんまりです!」


「今のどこにストーカーを否定できる要素があるんだよ…」


ああ、変態とは、言語は通じても言葉は通じないんだな。


諦めにもにた感情に包まれながら、俺はカップめんの封を開けた。お湯が沸いたのだ。

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