第3話:徹底調査は基本スキル

痴女を痴漢から助けた日(字面が酷い)、少しでもやられる側の気持ちがわかってくれるだろうかなどと淡い期待を抱きながら帰宅した俺だったが。


「おかえりなさい」


自宅の前で、食材の入ったビニール袋を提げて待ち構えていたそいつを見た瞬間、その幻想は粉々にぶち殺された。


奴の名字は上条に違いない。


まさか俺の住んでるアパート特定して張ってやがったとは。頭の回転だけじゃなく行動力も超高校級だよこの女。


変態でさえなければ、その矛先が俺に向いてさえなければ一緒に仕事したいくらいだ。


その行動力と頭脳を俺に対する変態行為のために無駄遣いしているところが残念だ。


さて、変態に遭遇してしまったとき、君ならどうする? ちなみにその変態は、君をロックオンしている。


関わり合いにならないようにする、そう考えるのは、さほど不自然ではない筈だ。


「今夜は寄り道して外食にしよう」


俺は踵を返した。


「なんでそうなるんですか! しかも今私が食材持ってるのはっきり見てましたよね! ねぇ!」


食材を放り捨てて腰の辺りにしがみついてくる変態は、この瞬間だけを切り取ればすげなくされて悲しんでいるけなげな恋する乙女にも見えなくはない。


「なんか瞬間的にそういう気分になったんだよ! つーかどさくさ紛れに俺の股間の匂いを嗅ぐんじゃねえ!」


油断も隙もあったもんじゃない、もうここまで来ると一周回って尊敬できる程の匂いへの執着を見せる変態を、俺は力任せに引き剥がした。やはり男と女。鍛え方にさしたる違いがなければ振りほどくのは容易い。


「それって遠回しに私を見たから外食したくなったって言ってますよね!?」


「よくわかってるじゃねえか今すぐ離せさあ離せ!」


「嫌です!」


などともめていれば、安アパートではご近所さんに聞こえてしまうのは当然というか必然というか。


「痴話喧嘩かい? 浮いた話を聞かないから心配してたけど、門倉くんも健康みたいで安心したよ」


騒ぎになれば下に住んでいる大屋さんが出張ってくるのは当然のなり行きなんだが。ストーカーの前で名前呼ぶのは勘弁してほしい。


「初めまして大屋さん。私、九郎さんの内縁の妻、遥香と申します」


「誰が内縁だ誰が‼」


裏返った声で突っ込みをいれた俺だが、直後にそんなことはどうでもよくなる。


今、こいつは俺のことを何と言った?


どうやって俺の名前を知った?


安アパートの部屋の入り口に表札なんてものはない。言った覚えもない。ハンカチに名前書くような几帳面でもない。


「ちょっと、家の中で話そうか」


俺は奴の腕をつかみ、家に引きずり込んだ。

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