第49話 後悔をした

「あの、クリスティアナ様」


 その日、マリーは真剣な様子で声をかけてきました。


 その当時オールドカース家の当主が死に、オールドカース家が没落し、マリーは教会に入ったばかりの頃でした。

 貴族の娘からいきなりクレリックになり右も左も分からぬ中、私も含め教会の皆で彼女を支えてきたのでした。


「なんですかマリー?」


 彼女に柔らかく微笑みかけて尋ねました。

 けれども私は既に、彼女が何を言いたいのか何となく察していました。


「あの、もしかして……クリスティアナ様は、私のお姉様なのではないですか?」


 思い切って発された言葉。

 私は彼女の勇気に応えて、いつもは誰にも見せないようにしているベールの内側を見せました。ふわり、長い桃色の髪が流れる。


「ええ。私の両親はきっと今は亡きオールドカースの当主。貴女のご両親なのだと思います」


 教会に捨てられていた時に持っていたイヤリングと、この頭髪。

 私は薄々自分の出自を分かっていました。

 それ故に私は日ごろから自分の髪の毛を隠していました。

 私を化け物だと思って捨てた両親との繋がりなど、無暗に他人に見せればどんな面倒があるかしれないのですから。


 でも今思えば両親が正しかったのね。

 必死に人間であろうとし続けているけれど、私の心はほぼ化け物そのものなのですから。


「あ……ああ……っ!」


 私の髪の色を目にした途端、マリーの瞳にじわりと涙が浮かんできました。

 私は彼女の身体を優しく抱き締めました。


「わ、私……もう天涯孤独なんだと思っていて……っ! だから、クリスティアナ様が私のお姉様だと分かったら、嬉しくて……っ!」


「ええ、ええ。私も貴女が妹でとても嬉しく思っていますよ、マリー」


 本当は『嬉しい』も『喜び』も何も感じてないけれども。

 私は彼女の良き姉であろうと、彼女を抱き締める腕に強く力を込めたのでした。


 そして私は思ったのでした。

 もしかすれば、私がこんな風に生まれついてしまった原因が何かオールドカース家にあるのではないかと。

 自分のルーツを辿れば何か、何かこの不条理に答えが示されるのではないか。


 それで何かが解決する訳ではないけれど、私も『天涯孤独』ではないのだと思いたくなったのでした。

 もしかすれば私のようなおぞましい心を持った人間が他にもいたのではないかと。



 今は無人の元オールドカース家の屋敷。私はそこに忍び込みました。

 屋敷の中にはほとんど物は残っておらず、オールドカースの財はほとんど売り払われるか何かされた後なのが分かります。


 こんなところに来たところで何も意味などないのかもしれない。

 それでも私は行動せずにはいられませんでした。


 かつて両親やマリーが食事をしていたであろう大部屋、たくさんの給仕が行き来していたであろう台所、住み込みのメイドの為であろう小部屋……絨毯すら引き剥がされて本当に何もない部屋を沢山見て回り、そして遂に見つけました。


「……?」


 二階の、両親の寝室だったと思われるスペースの壁に違和感を見つけました。

 近づいていって、その壁を実際に触って調べました。

 そしてその壁の一部が引き出しのように引き出して何かを仕舞えるようになっていることに気づきました。それも魔術によって施錠されている。


 そっとその引き出しに触れると、カチリと音がして魔術による施錠が解除されたのが分かりました。


「ああ、血統が鍵だったのね」


 マリーの為に遺されたものだったのかもしれない。

 教会に捨てた筈の長女がこの引き出しを開けようとしているのを知ったら、亡き両親は怒るかしら。

 そんなことをチラリと考えましたが、頭を振ります。

 死んだ人間のことなんて考えても仕方ない。

 

 私は唾を飲みながら、その秘密の収納をゆっくりと引き出しました。


「これは、一体……?」


 そこに仕舞われていたのは長方形の滑らかな磨かれた石のようなものでした。

 魔道具か何かだとは思うのですが、いくら魔力を通しても何も反応しません。


「壊れているのかしら」


 こんな所に意味ありげに仕舞われていたのだから、何の意味もないということはない筈。

 魔道具屋に持っていけば修理してもらえるかもしれない。


 何より、この家から何か一つでもいいから持って帰りたかった。

 別に私を捨てた両親に繋がるものを所有したかったのではない。

 何かを奪ってやりたいという、ただの意趣返し。


 そんな思いで私は見つけた魔道具デバイスをポケットに入れたのです。



 やがてそれがポケットの中で震え、一つの文章を映し出しました。


 "これを見ているニンゲンへ。ワタシが素晴らしき智慧を授けよう"、と。


 *


「白銀の御子。異端の鬣狗イヌがこの教会に何の用です?」


 クリスティアナ様が新たに現れた御子を冷たく見据える。


ことのはのある所なら何処へでも奪いに行くのがオレらだ。それが例え旧教の辛気臭い教会でもな」


 二人を見比べ、マーロンさんは狼狽えていた。

 ずかずかと教会に土足で踏み込んできた御子らを追い出すべきか、自らが"切り裂きジル"であると認めた聖女を問い質すべきか困惑しているのだろう。


 教会の外では血濡れた犠牲者の数少ない残りをギルド員さんたちが始末しているところだ。

 もうあと少しで教会の外は安全になるだろう。

 むしろ今危険なのは教会の中の方に違いなかった。


「新教の御子か、ちょうどいい所に来てくれた!」


 ハルトさんが嬉しそうな声を出す。


「うん……? てめェは、あの時の鼠か」

ことのはを不当に所有しているのはあの聖女だ、協力してくれないか!」


 ハルトさんがすかさず言いつける。

 確かに新教の御子ならば聖女相手でもどうにかできるのかもしれない。

 だがだからといって彼らを頼っても良いのか……?


「そもそもどうやってここにことのはがあるって分かったんだ?」


「この街に発生している幽霊の噂にことのはの気配を感じた。そして今日、大量のアンデッドがこの教会を囲んでいるのを見た。と来たら乗り込むしかねェだろ」


 疑問に感じた俺の呟きが聞こえたのか、意外にも御子が答えた。


「にしてもだ、てめェら何か勘違いしちゃいないか?」


 御子が猟奇的とも言える笑みを浮かべる。


「敵の敵は味方ってか? おめでてェな。あの聖女から奪うもん奪ったら次はてめェらだ。分かってんだろうな」


「ははは、そう言われてもボクは何も持ってないんだけどなぁ」


 ハルトさんがそっと手元に亜空間を呼び出して端末を仕舞い込む。

 こなれた動作だった。

 俺ですらハルトさんのことを何となく信用ならないと思ってしまうのは、こういうところに原因があるのかもしれない。


「貴方がたに私から何かを奪う権利があるとでも? 何も罪を犯していないのに?」


 クリスティアナ様が俺たちを睨み付ける。


「いや。貴女は『禁忌』を所持している。『禁忌』をもたらす道具を所持している。それだけでそれを奪うに値する大罪です」


「そうですか……それならば、それに抗するのは正当防衛。仕方のないことですね。クスッ」


 聖女が形の良い唇を歪めて嗤った。

 こんなにも邪悪で妖艶な笑顔というものがあることを、俺は今まで知らなかった。


「ならば――――これは許された殺しです、ええ」


 俺たちは間違った選択をしてしまった。

 その瞬間、そう思ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冒険者酒場に錨を 野良猫のらん @noranekonoran

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ