第48話 回想・快悦

 私が気が付いてしまった時のことをお話ししましょう。

 ええ、快悦の味を知ったあの日のことを。


 それは統一戦争終結直後のことでした。

 当時は戦争の余波で傷ついた村々が多く、人員の余裕も無い為、充分な能力を持つ私は一人で村々を回り渡り歩いていました。


 その日も私は一人で山道を歩いて村から村へと移動している最中でした。

 道は険しく、薄暗い。けれども聖水を身体に振り撒いてあるので魔物に遭遇する心配はありません。

 疲れた身体に鞭打ちながら道を進んでいるその時でした。


「キャッ!?」


 脛に感じる違和感。

 突如として重力が私の身体を捕らえ、強かに転ぶ。

 目立たないように道に張られたロープか何かに躓いたのだと遅れて理解しました。


「おっ、イイ女じゃねえか」


 身体を起こそうとした瞬間、太い腕に首を掴まれました。


「くっ……!」


 この辺りには山賊が出るから気を付けて。

 村の人からそう聞いていたのをすっかり忘れていました。


「ヒヒヒ、長時間待った甲斐がありやしたね」


 ガサガサと茂みの動く音。

 2、3人の気配が感じられました。


「まずは楽しませてもらうとするか」


 身体を反転させられて、仰向けにされる。

 それと同時に太い手が僧服の襟元を掴むと――――真下に引き裂いた。


「イヤァァァアッ!!!」


 肌が零れ出し、外気に晒されるのを慌てて掻き抱く。

 複数の視線が肌と羞恥を感じている私の表情を舐め回しているのを感じました。

 とてもじゃありませんが、彼らを同じ人間であるとは思えませんでした。

 三匹の獣が私を囲んでいる。


「誰からいく?」

「ハンス、てめぇは後だ。この前俺らが愉しむ前に女を殺しちまいやがって」

「だってよぉ、首を絞めながらヤるのが最高なんだぜ!?」


 殺される。殺されてしまう。

 彼らの会話を聞いて恐怖に晒されました。


 どうしてこんなことに。


 私は生まれてこの方本当に本当に真面目に生きてきたのに。

 ずっとクレリックとして己を磨き上げ続け、神にすべてを捧げてきたのに。

 統一戦争でも数えきれないほどの人の生命を救って、聖女と崇められるまでになったのに。


 ずっとずっとずっと、胎に棲まうモノの誘惑にも負けないようにしてきたのに!


 こんな最期を迎えるなんて。

 絶対に、間違っている――――。


 そう、私は正しいの。


「さぁて」


 太い指が下着を擦り下ろすと、太腿を掴み股を大きく広げさせる。

 次の瞬間、その盗賊の頭が


「へ……?」


 他二人の盗賊が呆然としているその間に、かぎ爪が彼らの身体をバターのように引き裂いていきました。


「ハ、ハハ……」


 盗賊らはとっくのとうに絶命している。

 でも私の胎から飛び出したかぎ爪は繰り返し繰り返し、彼らの身体を貫く。


「アハハハハハハッ!」


 哄笑が聞こえる。

 私の他に生きている人はいないのに、いったい誰が笑っているの。


 黙れ。

 黙れ、黙って。


 何度も何度も何度も死体となった彼らを引き裂いた。


 それでも笑い声は止まない。

 だって高笑いをしているのは、私自身なのだから。


「ア、ハハ……」


 殺してしまった。

 人を殺してしまった。


 ええ、でも私は悪くない。

 だって彼らは私を殺すつもりだったんだから。

 私は自分の命を守る義務があった。

 神に与えられた命を蔑ろにすることは、神に逆らうことになる。

 だからその結果彼らを殺すことになってしまったけれど、私は悪くない。

 私は神に従っただけ。


 嗚呼、それにしても――――生きた人間を殺すのは本当に愉しかった。


 それまで自分が搾取する側だと信じてやまなかった下卑た顔が、血液を撒き散らしながらただの物になる。物言わぬ物体としてただ私に弄ばれて無様に醜く地面を転がっていく。

 その瞬間を思い出しただけで身体がゾクゾクとして下腹が熱くなる。これが達するという感覚なのかしら。


 今思えば、戦の最中で初めて人が殺される瞬間を目にしたその時から、私の身体は疼いていたんだわ。

 人殺しをいつもいつも望んでいたのは胎の中にいるナニカではなかった。人殺しが好きだったのは、私自身。

 胎の中に棲まうモノはただ、私に本当の幸福を知って欲しいと願っていただけだった。


 ええ、これこそが幸福だわ。

 私は今まで幸福を味わったことが無かったのだと気が付いた。

 これこそが私にとって『愉しい』と感じられる唯一のこと。


 そう気づくと同時に私は運命を呪いました。


 どうしてなのでしょう。

 私にとって唯一の愉しいことがよりにもよって神によって禁じられているなんて。

 私だってごく普通の人のように、人々の営みの中で幸せを感じたかった。

 花を愛で幼子に笑いかけるだけで充足を感じたかった。

 普通に生きたかった。


 でも、もう駄目。

 満ち足りた感覚を知ってしまったからには、もう後戻りはできない。

 今まで渇いていたのだと気づいたのだから、もう我慢はできない。


 大丈夫。


 今日みたいに人とも思えぬ獣から身を守る為ならば、神もお赦し下さるわ。


 数年に一回だけ満ち足りることができれば、耐えられるはず。

 いや、一年に一回……半年に一回……一ヶ月に……


 獣を殺す間隔がどんどん早くなっていって、巷に"切り裂きジル"の噂が流れだした頃のことでした。私が異世界の『禁忌』に出会ったのは。

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