第47話 オールドカースの長女
「ですが――――それの何が問題なのです?」
聖女様クリスティアナ様は真理を口にしているかのように、清純に微笑んだのだった。
「え……?」
彼女が何を口にしているのか分からなくて固まる。
「アンデッドを蘇らせ、そして同一人物を何度も殺した。それが"切り裂きジル"の罪状ですか」
滔々と呟かれる涼しく麗しい声。
「同じ人間を何度も生き返らせて殺している。貴方の説明によればそういうことに聞こえました。それの何が問題なのでしょう。魔術によって……
麗しく清らかな聖女の口から紡がれる言葉に、俺は愕然としてしまった。
「そんなの、問題に決まってるだろっ!」
思わず瞬発的に叫んでいた。
すると彼女は本当に悲しそうな微笑をこちらに向けるのだった。
「そうでしょうか。教会の外にいるアンデッドたち。貴方がたはそれを切り捨てて此処まで逃げてきましたね?」
彼女の視線に、胸が嫌な感じに動悸した。
「貴方がたがアンデッドを殺して進んできたのと"切り裂きジル"の殺しと。何がどう違うのでしょうか」
「それは……」
「お姉様……?」
マリーが横からおずおずとクリスティアナ様の顔を覗き込む。
「少なくともボクたちは生きる為にやったことだ」
「切り裂きジルの殺しもそうでなかったと証明することはできるのですか?」
ハルトさんとクリスティアナ様が問答を始めた。
クリスティアナ様の耳についたイヤリングが夕日を反射して輝く。
その様子を見ていて、俺はとうとう違和感の正体に気が付いてしまったのだった。
「あの……」
恐る恐る手を上げる。
この場にいる皆の視線が俺に集まった。
「俺、気が付いちゃったんですけど」
緊張に喉が渇くのを感じながら話し出す。
「多分、犯人はマリーさんじゃないです」
「どういうことだ?」
一同が一斉にどよめく。
「俺、聖都を発つ日にマリーさんに会いましたけど……腕に痣とか、無かったです」
「何だそんなことか、吃驚したよノエルくん。きっとキミが会った後で痣がついたんだろう」
そんな些細な矛盾がなんだとばかりにハルトさんが安堵の溜息を吐く。
「そうじゃないんです、そうじゃ……俺、多分知ってるんです。あの日、多分腕に痣をつけてて。そして多分桃色の髪をしている人を、俺は知っています」
俺は聖女クリスティアナ様へと視線を向けた。
「クリスティアナ様……そのベールを脱いでみてくれませんか?」
俺は髪をきっちりとベールの中に仕舞い込んでいる彼女に向かって、頼んだ。
「ええ……そうですね。マリーに疑いが向いたままでは何ですから」
よくできました。
まるでそう言うようにクリスティアナ様は微笑んだ。
クリスティアナ様はゆっくりと僧服のベールを脱いでいく。
そしてはらりと、美しい桃色の長髪が露わになった。
「ええ、ええ。私が――――巷で言われている"切り裂きジル"その人、なのでしょうね」
美しい髪を長く垂らした彼女の微笑みは、さっきとまったく同じ筈なのに妖艶に見えた。
「どういうことか説明してくれないか? 何故……オールドカース家のご息女はマリーさんの方では?」
シャルルが真剣な顔で俺に尋ねる。
「多分ですけど。クリスティアナ様もオールドカース家の人、なんですよね」
「はい。その通りです」
クリスティアナ様が素直に頷く。
「マリーさんとクリスティアナ様は同じイヤリングを付けていますよね」
俺の言葉に、はっとマリーが右耳のイヤリングに触れる。
「マリーさんの髪の色と同じ宝石が付いてるので、マリーさんがプレゼントしたのかなと思ってたんですけど。それ、本当はオールドカース家の人間である証だったりします?」
「その通りよ……」
マリーが力無く認める。
さっき他に同じ髪色の人を知っているのかと問われて口を噤んだマリー。
彼女のその表情はまるで、「同じ髪色の人を知っているけれど口には出せない」という表情に見えた。
そして思い出した。
クリスティアナ様に俺とライアンが兄弟に間違われたときのことを。
髪の色が同じならすなわち血が繋がっているという訳ではない。
だが世にも珍しいマリーの髪色と同じ髪の人間がいるとすれば、それは血の繋がった人間なのではないかと。
クレリックは財産を持てないという話が本当なら、マリーがあの高価そうなイヤリングをプレゼントするのは難しいだろう。ならば二人が同じ装飾品を付けている理由は、出自が同じだからと思ったのだ。
「成程。財産を持てないクレリックも、出自を証明する物は見逃されるという話は聞いたことがある」
シャルルのお師匠さんが重々しく頷く。
「あと、前日はクリスティアナ様は半袖の僧服を着ていましたよね。でもあの日は長袖の僧服でした。礼拝に出るから格好が変わったのかなと思っていましたが、実は痣を隠すためだったんですね?」
今日彼女が着ている服も、礼拝で説教をしたあの日と同じ長袖の僧服だ。
「これは礼拝に出るクレリックが身に纏うものであると、教会によって制定された僧服であるぞ!」
マーロンさんが声高に口を挟む。
「いいえ、その通りなのです。あの日、私は違和感なくこの僧服を纏えるように、急遽礼拝の説教者を代わってもらって務めました」
あの日礼拝の説教と俺たちに書類を渡す用事とが被ってしまったのは、うっかりからじゃなかったのか。
残念だったなヘンリー、予想が外れて。この人はお前が思っていたようなただのうっかりさんじゃないみたいだ。
「私は生まれた直後に産着に挟んだこのイヤリングと共に教会に棄てられていた────正真正銘オールドカース家の長女、マリーの実の姉でございます」
マリーがお姉様と呼び慕う聖女は、彼女の実の姉だったのだ。
「うん……まあ……あまりにも予想外過ぎるイレギュラーがあっただけで、ボクの推理は概ね当たっていた訳だ」
ハルトさんが爽やかに髪を掻き上げる。
やっぱりハッタリ込みこみの癖にあんなに自信満々だったのか。
「それじゃあクリスティアナさん。貴女の持っている
「いいえ、無理です。私は何も罪を犯していないのですから。貴方にそんな権限はありません」
クリスティアナ様はにこりと清らかに微笑む。
その表情は本当に自らに恥じるところは一つもないと信じているかのようだった。
正気なのか?
あんなに無惨な死体を造り出しておいて?
災害の犠牲者たちをわざわざ蘇らせてこの街に溢れさせておいて?
死んだばかりの知人や肉親があんなにも無残な姿で徘徊しているのを見た街の人がどう思うか、考えなかったというのか?
「この街に魔物災害を再来させたような人間に異世界の『禁忌』を持たせたままにしておく訳にはいかない」
さらにハルトさんが詰め寄る。
「これは私の身を護る為です。実際、あの子たちは街の人々には一切手出しをしていません。魔術師の研究所に勝手に忍び込んでおいて、侵入者迎撃用の魔術に文句を言う人間がいましょうか」
細かい所を突けば罪に問える所業もいくつかあると思う。
だが彼女はこれでも
何かにつけてその権力でのらりくらりと糾弾を躱すことだろう。
一介の冒険者やギルドに手が出せる相手ではないのだ。
異世界の『禁忌』をその所有者に伝え垂れ流しているという
彼女の手に渡ったまま取り戻すことはできないのか?
そんなの、絶対に正しくないことの筈なのに……!
悔しさに歯噛みしていると、教会の外がにわかに騒がしくなった。
教会の外の血濡れた犠牲者たちはそのほとんどが駆逐できる寸前だった筈なのに、まるで新しい外敵が現れたかのようだった。
そして教会の外からドン、ドンと扉が勢いよく叩かれる。
マーロンさんが慌てて扉に駆け寄って閂を外す。
途端に扉が外側から弾けるように勢いよく開けられた。
現れたのは肌から頭髪までのすべてが人外じみて白い男と、それを囲む黒づくめの僧服の男たち。
「奪いに来た。
白銀の御子がニヤリと不敵な笑みを浮かべて立っていた。
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