第45話 はじめに言があった

「犯人はマリーさん、貴女です」


 ハルトさんの言葉に教会内がどよめいた。


「な、何を言ってるのっ!?」

「マリーさん。貴女はオールドカース家のご息女であり、三年前の没落の際に神に身を捧げてクレリックとなった。そうですね?」


 ハルトさんがカツカツと靴音を響かせてマリーに歩み寄る。


「向こうの世界の人間……異世界人が恐らく何年も前にオールドカース家に接触し、何台かのスマホを与えた。その内の一台がモンゴメリー家に流れて災害を引き起こし、そして今ボクの手にあります。

 マリーさん、貴女もこれを持っているのではないですか? クレリックの身となれば財産を持つことを禁じられるとはいえ、これほど小さい物です。どうにかして家から持ち出したのでしょう? そしてそのスマホから異世界の知識を得た」


「そ、そんなの、知らない! 家にそんなのがあることすら知らなかった!」


 マリーは気圧されたように後退る。


 その時、教会の外が急に騒々しくなり出した。

 助けが来たのだろう、血濡れた犠牲者たちが倒れていくのが窓から見える。

 だが教会内の誰もがもはやそんなこと気にしていなかった。

 皆、ハルトさんの告発に耳を傾けている。


「ちょっと……よろしいですか」


 クリスティアナ様が、ハルトさんとマリーの間に立つ。

 イリスの紐が結ばれた彼女の杖が静かに床を打った。


「少し話を元に戻しましょう。『マリーは切り裂きジルである』、これが貴方の主張でしたね」


 クリスティアナ様が悲しげに微笑みながらも、冷静に口を開く。


「マリーがオールドカース家の人間であったことは、ええ、事実です。ですがそれとこの疑いとが、どう繋がるというのですか?」


 その問いに我が意を得たりとばかりにハルトさんがにっこりと微笑む。


「はい。その繋がりを証明するものは二つあります。『証拠』と『証人』です」


 そんなものがあるなんて聞いていない。

 そこまで分かっていたのなら、俺がわざわざ彼に付いていって幽霊探しなんてする必要も無かったのではないかと思う。逆探知って何だったんだ。


 ……いや、待てよ。

 ハルトさんは本当に証拠なんて持っているのか?


 俺たちがこの教会に飛び込んだのは、犠牲者たちに追いかけられたからだ。

 それをどうにかする為に犯人を捕まえると言ってここに来た。

 ハルトさんも絶対にこうなるとまでは思っていなかったろう。


 あの御子のハルトさん評を信じる訳ではないが、ハルトさんは嘘が得意な方だと思う――――まさか今までもこれからもハッタリを口にしてるのでは?


「証拠とは?」


 クリスティアナ様が静かに尋ねる。


「それは『禁忌』です。"切り裂きジル"の使っていた技術と、今、教会の外を囲っているあのアンデッドたち。どちらも同じ異世界の技術が使われています」


「あのアンデッドたちすらも、その切り裂きジルとやらの仕業だというのか!?」


 マーロンさんが窓の外を示して騒ぐ。

 窓の外では、見覚えのあるギルド員さんなどが戦ってくれている。

 あ、ライアンもいる。


 日が傾いてきた中で、みんな懸命に戦ってくれていた。

 対して血濡れた犠牲者たちは、俺たちを追いかけてきていた時とは違ってほとんど無抵抗に倒されている。まるでやる気がないかのようだ。

 それとも、市民たちに見向きもしなかったのと同様に俺たち以外を傷つけるつもりはないのか。


「ええ、その通りです。"切り裂きジル"の被害者と、あのアンデッドの内の一体を調べました。共に使われていたのは同じ技術……異世界の言葉で言う『プログラミング』というものです」


 プログラミング。そういえばハルトさんはあの犠牲者たちを「プログラム」だとか何とか呼んでいた気がする。


「そのぷろ……なんとかっていうのは一体どういうものなんだ?」


 今まで沈黙を保っていたシャルルのお師匠さんが尋ねる。


「キミたちにも分かる言葉で言うのなら、ことのはさ」


 クレリックの三人が息を呑んだ。


「この世界は神様がことのはで造ったものだって。確かそんな言い伝えがありましたよね」

「はじめにことばがあった。神が『光あれ』と言われると、光があった……」


 マーロンさんが震えた声で聖書の最初のページに記されているその言葉を口にする。


「そう、それだ。異世界からその技術が余すことなく伝えられたのなら、この世界を思いのままに書き換えることすら出来る筈さ」

「そんなの、女神教が求めているっていう始まりのことのはに匹敵する……いや、それそのものじゃないか!?」


 シャルルが驚いたように声を上げる。


ことのは――――それは世界を書き換える術。魔術に使う呪文もその一種で、魔術師は一言呪文を唱える度に一時的に世界を書き換えている。主の操った創世のことのはがあれば、永遠に物理まじゅつ法則を書き換えることすら可能……そう言われておりますね」


 クリスティアナ様がぽつぽつと呟く。


「ええ。その力があれば死人を生き返らせることすら思いのままでしょう。同じ人間を何度も殺すことも。こうして先日の魔物災害の犠牲者をアンデッドのようにして大量発生させることも」


 ハルトさんは丁寧に"切り裂きジル"と異世界の技術とを結び付けて行っている。

 だが決定的な札が足りない。"切り裂きジル"とマリーとを結びつけなければ。

 そのものズバリを指し示せないのは逆探知に失敗したからだ。

 あの時ハルトさんを守り切れなかったのが本当に悔やまれる。


「それで、それが『証拠』っていう訳? 馬鹿馬鹿しい、何の証明にもなってないわ。私が創世のことのはなんて大それたものを知ってる訳がないし、知ってたとしても悪用なんかしない」


 そのことをマリーにも突かれた。


「いやいや、これだけではないよ。『証人』もいると言っただろう」


 そう言ってハルトさんがシャルルに目配せする。

 証人とはシャルルのことだったのか。


「聖都で一回だけ、"切り裂きジル"によるものと思われる遺体が貴族街の入口で発見されたことがあった。そしてオレはそこで被害者が殺されたと思われる時刻の直前に、ある一人の女性を送っていった」


シャルルはそこで一旦言葉を止めて、マリーの顔を見つめる。


「正直、あの晩は月の無い夜で、顔もよく見えなかった。あの時の彼女とマリーさんが同一人物かどうか自信はない。

 ただ、心配だったんだ。街灯に照らされた一瞬、彼女の手首に痣のようなものが見えた。そんな女性が真夜中に一人で歩いているのを放っておく訳にはいかなかった。だからオレは彼女を貴族街の入口まで送っていった。ああ、月明りの無い夜でも髪の色だけははっきりと見えたよ――――それはそれは美しい桃色の髪だったからね」


 少しずつ教会の外の喧噪が静かになってきている。

 血濡れた犠牲者たちの数が多いとはいえ、ほとんど無抵抗に倒されていくのだ。彼らがすべて倒されるまで、もうさほど時間はかからないだろう。


「そんなの、髪の色が同じっていうだけでしょ? 私じゃないわ。私、貴族街になんか行ってないもの」


「なら聞くけれど、キミのその髪色はとても珍しいものなんだろう? キミ以外に誰か同じ髪色の人を知ってるのかい?」


「……っ」


 マリーが苦い顔になって口を噤む。


 これでいいのだろうか。

 これでマリーが"切り裂きジル"であるということになって、すべて解決するのだろうか。もう街で変なことが起こらなくなるだろうか。


 何かが頭に引っかかっていた。


「そこまでです」


 クリスティアナ様が杖で床を強く打ち、渇いた音が礼拝堂に響き渡った。


「貴方がたが何故マリーに嫌疑をかけるのかについてはよく分かりました」


 クリスティアナ様がハルトさんを真っ直ぐに見つめ……そして微笑んだ。


「ですが――――それの何が問題なのです?」




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