第44話 犯人はあなたです
「これは一体何の騒ぎです!?」
王国の大体の街では、教会というのは貴族街からそれほど遠くない場所に建てられるらしい。この街ポルト・ガットも例外ではなく、貴族街へ向かう道を行けばここにすぐに辿り着いた。
そういえばレメリアーノでも大教会は貴族街の近くにあった気がする。
「すみません、突然アンデッドの群れに襲われて! 教会なら、助けてもらえるかと!」
この街の教会でクレリックを務める男マーロンは、俺たちの後ろから迫りくる犠牲者の群れを見るなり血相を変えた。慌てて教会の重い扉を閉め、内側からかんぬきをかけた。
犠牲者たちが外からドンドンと扉を叩く。だが破られる様子はない。
やっと息を吐くことができた。
深呼吸しながら教会の中を見回す。
教会の中にはポルト・ガットのクレリック、マーロンとレメリアーノから派遣されてきた聖女クリスティアナ様、そのお付きのマリー。そして何故かレメリアーノの冒険者、シャルルとその師匠たちもいた。
ハルトさんが言うところの『連続殺人事件』の為に彼らがこの街に呼ばれていたのは知っていたけれど、何故教会にいるのかは分からない。
「まさか、またメイズブレイクが?」
クリスティアナ様が心配そうな顔で俺たちに尋ねる。
「分かりません。ですが外にいるのはアンデッドだけです、メイズブレイクにしては何かおかしい」
ハルトさんがごく自然に白を切る。
彼は犯人を捕まえると言ってこの教会に来た。
なにか考えがあるのか。まさかこの中に犯人がいるのか?
「しかしこれでは教会から出られませんね。どうします?」
マリーが厳しい顔をしている。
「ギルドからの助けを待った方がいいな。誰かしらがきっと通報しているだろう」
そう口にしたのはシャルルだ。
「助けが来たら、その時に鐘撞台なり屋根なりに登って遠隔攻撃でアンデッドどもを倒していけばいい」
冷静に意見したのはシャルルの師匠さんだ。
そういえばまだ彼の名前を知らない。
「では……その時まで皆さま、体力を温存しておきましょう」
血濡れた犠牲者たちを引き連れてやってきた俺たちを非難するでもなく、彼らは冷静に俺たちを受け入れてくれたのだった。
この教会の扉に内側からかんぬきがかけれるようになっているのは、もちろん魔物災害に備えてのことだ。<<迷宮>>の真上に立つこの街では珍しくない。
実際、この間の魔物災害の時にもマーロンさんとその時教会にいた数名の信者はここに立て籠もって数日を過ごしたらしい。
貴族の邸宅にも大抵は避難用の地下室なりが完備されているようだ。
マーロンさんはひょろひょろと細長い初老の男だ。彼が起源教の美徳である節制に励んでいることが、その体格から分かる。普段熱心に教会に足を運ぶ訳ではないので、彼についてそれ以上のことは知らない。
「それでは、それまでの間少し話をしませんか?」
ハルトさんが教会内に声を響かせたのだった。
*
あの魔物災害の日からもう何週間だろうか。
今ではギルドの忙しさも落ち着いて、こうして休憩時間も得られる。
今思えば、文字が読めるからと臨時職員にすら書類仕事が押し付けられていたのがおかしかったのだろう。近頃では僕に任せてもらえる仕事はほとんどない。
今、僕の前には選択肢が広がっている。
正式にギルド職員になれば、また任せてもらえる仕事もあるだろう。
あるいは、冒険者になってもいい。
僕は記憶喪失になる前は冒険者だったようだから。
未来について考える時間ができ、僕は物思いに耽ることが多くなっていた。
考えるのはこの間の旅のことだ。この街からほど近い聖都まで馬車で往復するだけの、冒険とも呼べないような安全な旅。
ごく短い期間だけど、僕は仲間と一緒に旅をした。
最初はぎこちなかったノエルとも仲良くなれた。
特に旅の終わりに彼に言ってもらえた言葉は嬉しかった。
仲間を作るというのはこんなにも温かいことなのか。
実際に冒険者になったら旅はあんなに楽なものじゃないし、嫌な人だっているだろうということは想像できる。
でも……楽しかったな。
窓から青い空を見上げながら思い出に浸っている時のことだった。
「た、大変だ、アンデッドが街にっ、メイズブレイクだッ!!!」
飛び込んできた男の叫びに状況は一変したのだった。
*
血濡れた犠牲者たちは相変わらず教会の壁や扉を叩き続けている。
自分たちの命を狙う化け物が壁の向こうでうじゃうじゃしているというのに、こうして安穏としているのは不思議な気分だった。
最も、緊張感はひしひしと感じている。
それも戦場で感じるのとは違った種類の緊張感を。
「皆様に今日ここにこうしてお集まりいただいているのはまったくの偶然ですが――――折角なので、ボクの推理を披露しようと思います」
ハルトさんの突然の言葉に、クリスティアナ様たちは一体何を言い出すのかと困惑した顔をする。
一方シャルルさんとそのお師匠さんは眉を上げて意味ありげな表情を浮かべている。
あれ……もしかしてシャルルさんたちが教会にいるのってハルトさんが頼んだからじゃないのか?
少なくともあの表情は、これからハルトさんが口にすることについて何か知っているように見えた。
「皆様はご存知でしょうか。聖都レメリアーノ、そして最近ではここポルト・ガットで連続して男性の遺体が発見される事件がありました。犯人は同一人物と見られ、通称"切り裂きジル"と呼ばれています」
「ええ……耳にしてはいます。とても痛ましい事です」
クリスティアナ様が頷く。
「そしてその"切り裂きジル"の被害者のうち何人かはまったく同じ人間が死んでいました。犯人が同一人物ならば、遺体も同一人物という訳です。これも話していいんでしたね?」
ハルトさんがシャルルたちに確認を取る。
やはり彼らは事前に情報を交換していたようだ。
クレリックたちは同じ人間が何回も死んでいたという突然の奇妙な話に耳を疑っている。
「ところで。ポルト・ガットで最初の事件が起こったのは、貴女方がこの街に到着した翌日のことでしたね? まさにレメリアーノからポルト・ガットへと」
「はあ、そのようですが、それが何か……?」
ぽかんと間の抜けた空気が訪れる。
俺を含めて誰もハルトさんが何を言いたいのか掴めていないのだ。
同じ人間が死んでいたという奇妙な話に比べれば、この単純な事実確認が何だという話だろう。
「あっはは、何処の誰だか知らないけど面白い人ですね貴方。まさか私たちがその"切り裂きジル"だ、って言いたいんですか?」
唯一反応したのがピンク髪ツインテールのクレリック、マリーだった。
「まさにその通りだ」
ハルトさんのはっきりとした答え。
礼拝堂に大きく響いた声に、場が凍った。
聖女様が、"切り裂きジル"? 何を言い出すんだハルトさんは?
「な、何を言い出すんだこの馬鹿者ッ!」
マーロンさんが顔を真っ赤にして怒る。
怒鳴り慣れていないのか、その声は裏返っている。
反対にマリーの笑みは瞬間的に消え去って、今は絶対零度の視線をハルトさんに向けている。
「貴方……誰に喧嘩売ってるか分かってます? 時期が一致してるからとか、そんな薄弱曖昧な理由で疑いを向けられていい人じゃないんですよ、お姉様はッ!」
彼女は鬼気迫る表情でハルトさんを睨んでいる。
「もちろん、根拠はそれだけじゃない。今度は二つ目の根拠について話そう」
ハルトさんは……一体何を考えているんだ?
その端正な横顔を見ても、考えていることはまるで読み取れなかった。
「先日この街で起きた魔物災害。実はそれは人為的なものだったことを知る者は少ない」
あのことを語るのか。
無意識にごくりと唾を飲んだ。
「モンゴメリーという貴族の男が手に入れた魔術によって引き起こされたものでした」
マーロンさんはおろか、レメリアーノの人間であるクリスティアナ様やマリーが知る由のない事実。ここにいる誰もが固唾を飲んでハルトさんの話に聞き入っている。
「ボクはこの間、モンゴメリーが何処から、誰からこの魔術知識を手に入れたのかを調べていました」
窓の外にはまだ大量の犠牲者たちが押し寄せているのが見えた。
だがなんとなく勢いがないように見える。
本当にこの中に犯人がいるとしたら、押し寄せる犠牲者たちはただのポーズだろう。俺たちが教会に入った途端アンデッドたちが消えたりしたら、あまりにも不審だから。
「そしてあることが分かりました。モンゴメリー家というのはさる大貴族の傍系であり、その大貴族はつい三年前に当主が死に没落したこと。その大貴族の財産の一部……ある物品がモンゴメリー家に流れていたこと。その物品が災害を引き起こした魔術に関係していたことが、研究が開始された時期や『証拠』などから判明しました」
「『証拠』、とは?」
クリスティアナ様が静かに尋ねる。
「これです」
ハルトさんが懐から何かを取り出した。
それは手のひらサイズのつるりとした黒い石の板……のように見えた。
「それは一体?」
マーロンさんが恐る恐る尋ねる。
「これはスマートフォン……異世界で使われている通信機です。そして災害を引き起こすのに使われた魔術には異世界の技術が関係しています。何らかの方法でこれをこちらの世界でも使用可能にし、モンゴメリーは異世界から直接情報を得ていたと思われます」
異世界。
その単語にシャルルさんたちですら息を飲んでいた。
「そして記録によれば――――大貴族が所有していたスマートフォンは一台ではなかった。いくつかあったと思われます。そしてその行方は分からない」
その異世界の魔道具が『禁忌』をバラまいた元凶だというのか。
いや、あるいは今もバラ撒き続けているのか?
「ここでモンゴメリー家の本家であり、三年前に没落した大貴族の名を言いましょう。それはオールドカース家。オールドカースの一族の特徴として、綺麗な桃色の頭髪をしているというものがあるそうです」
その言葉に俺は咄嗟に彼女のことを見てしまう。
それはそれは綺麗なピンク色のツインテールをしている、マリーを。
「犯人はマリーさん、貴女です」
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