第43話 ゾンビアポカリプス
黒い靄を纏った剣が肉を切り裂いていく。
切り裂かれた犠牲者はリドリーちゃんのように身体がブレると、ふっと消えた。
二人目へと斬りかかると、彼はなんと素手で剣を受け止めた。どす黒い血が刃を伝う。リドリーちゃんとは違って彼らが実体のある存在であることが実感できる。
だがイリーナさん曰くこの魔法剣は触れた物を元の姿に戻す効力があるらしい。
剣を受け止めた手から犠牲者の実像が霞んでいく。
革鎧を纏った姿や剣を受け止めた反射神経からして、この犠牲者は生前は冒険者だったのだろうか。
鞘を装備しているのに剣を持っていないところから見ると、災害のさ中で剣が折れるか失くすかしてしまったのだろう。
彼もあの災害の中で自分や他人の命を守るために懸命に戦っていたのだろう。
そんな彼をこうして斬ることに一抹の躊躇いが生じそうになり――――それを振り切る。
「ガァ……ッ!」
俺が彼らを楽にしてあげなければならない。
その一心で押し返し、そして彼を斬った。
冒険者然とした格好の彼の姿も掠れて、消えた。
あと一人だ!
剣を構え直し、斬りかかる。
「追加の攻性プログラムだって!?」
ハルトさんの驚いた声に振り返ると、新たに湧き出した犠牲者が彼の背中に迫りつつあるところだった。
目の前の男を斬ってから彼の元に向かったのでは間に合わない。
しかしこのまま彼を助けに行ったら、俺が背中からやられる。
どうすればいいんだ……!
「
ハルトさんの声が響くと、穴が空いた。
ちょうど新たに湧き出した犠牲者の胸がある辺りに真っ黒い穴が空いていた。
胸に穴を開けられた犠牲者はその場にどうと倒れ込む。真っ黒い穴はそのまま空中に留まり、倒れた犠牲者の胸から背中まで貫通する風穴が空いているのが見えた。
モンゴメリーさんにトドメを刺したあの技と同じものだ。
「はぁッ!」
ハルトさんの無事が分かり、安心して目の前の男を斬った。
彼の姿も掠れて消えていく。
「ハルトさん、大丈夫ですか!」
振り返ると、リドリーちゃんの姿がふっと消えていくところだった。
ハルトさんの魔術で動きを止められていた筈なのに。
「くそッ、これを狙っていたな!」
ハルトさんは本気で悔しがっている。
つまり逃げられたようだ。
「気が逸れたところを強引に根元から削除された。やられたよ」
「もう逆探知とやらはできないってことですか」
「ああ、残念ながらね」
俺にもっと力があれば……。
悔やんでも時間は元には戻らない。
「ところでハルトさんのさっきの力、何なんですか?」
「ああ、
ハルトさんがそう口にすると、何もない宙にさっきの黒い穴が空く。
ただの異空間? どこが"ただの"なんだ??
とにかく彼がまたとんでもないことを言っているのは分かる。
「でもこれ、ちょっとした
「えーと……凄いことをしてるのは分かりました」
よく分からないが、彼のしていることは文字通り次元が違う。
詳しく知らない方が精神衛生のためだと思ったのだった。
「それよりキミの方だ。さっきの魔法剣だけど」
う。やっぱり追及が来た。
「時空属性を魔法剣にするだなんてイイ発想だね。ボクの魔法に影響されたのかな?」
「す、すみません……!」
バシバシと皮肉を言われている……!
と思ったけれど、彼の表情は本当に嬉しそうだった。
もしかして俺、怒られてる訳じゃない?
「ふふ、これだからボクはキミのことが好きなんだ……!」
それどころか彼はなんだか上機嫌な様子だった。
彼の思考は本当に難解だ。
「それで、これからどうしましょう……。また幽霊を探しますか?」
「完全に相手に気づかれてしまったからね。もう幽霊は出ないどころか、『禁忌』の痕跡をすべて消して逃げられるかもしれない」
またもや役に立てなかったのか。
暗い気持ちが胸を覆い尽くす。
「ノエルくん、とりあえず<<小鹿亭>>に戻ろうか。これからの方針をゆっくり話し合おう」
ハルトさんはローブの埃を払って立ち上がった。
素直に頷いて、俺たちは薄暗い路地裏を出る。
明るい陽射しを浴びると、何だかほっとした。
強敵ではなかったとはいえ、街中でアンデッドめいたものに襲われたなんて悪夢のようだった。早く一休みして気分をリフレッシュしたい。
そう思いながら<<小鹿亭>>へと道を戻っている、その時だった。
ぼこぼこと地面から何かが湧き出してきた。
「え……?」
驚きに目を見張っていると、それは目の前で複数の人型を成した。
そのどれもが酷い生傷を負っている。
さっきと同じ、蘇った犠牲者たちだ。
通りを歩いていた人々が彼らを見て、悲鳴を上げて逃げ出す。
「い、一体……人の多い場所では出てこないんじゃ!?」
「ボクの予想が外れたようだ。犯人は逃げるどころか、ボクたちを排除することにしたらしい」
次々に犠牲者が湧き出てくる。
今度は三人どころではない。その数は何処まで行くのか。
もはや通りを埋め尽くすほどだ。
こんなに明るい場所で、白昼堂々と?
俺たちのせいで、また魔物災害が繰り返されるっていうのか?
「幸い彼らはボクたちしか狙ってないようだ、先日の災害ほど酷いことにはならないだろう」
ハルトさんは冷静に犠牲者たちの狙いを見定めている。
確かに彼らは悲鳴を上げて逃げ去る人々には見向きもしない。
「ふっ、まるでゾンビアポカリプスのようだね。逃げるよノエルくん!」
ハルトさんは『ゾンビアポカリプス』という謎の単語を呟くと、俺の手を取って走り出した。
犠牲者たちが一斉に俺たちを追ってくる。そして逃げた先にも次々と犠牲者たちが湧き出してくるのだった。こんなの、キリがないじゃないか。
俺たちの前方を塞ぐように、血濡れた犠牲者たちがまた地面からわらわらと湧き出してくる。
「
空間が横に裂け、犠牲者たち数名の首がまとめて刎ねられる。
逃げ道ができたこの一瞬に、素早く駆け抜けていく。
「ハルトさんだけでも、向こうの世界に帰って下さい!」
駆けながら彼に訴えかける。
何も二人とも犠牲にならなくったっていい。
「それはできないよ。ボクの世界に帰って、こちらの世界が危険じゃなくなるのをのうのうと待つなんて、そんな――――そんな真似はできないッ! そうできるのだったら最初からこの世界に戻ってきてはいない!」
街中を走り抜けながら、ハルトさんは叫ぶ。
彼の表情は見えないが、その叫びから彼の熱い思いを感じた。
彼は俺が思う以上に、この世界のことを考えてくれている。
そして危険に身を投じてくれている。
見て見ぬ振りをすることだって出来るはずなのに。
「ハルトさん……ッ!」
「だからもう、一かバチかだ! この事件を解決させるぞ!」
俺たちは通りを<<小鹿亭>>方向とは逆へ、つまり貴族街の方へと向かっている。
「解決させるなんて、どうやって!」
「簡単だ――――犯人を捕まえるんだよっ!」
やがて俺たちが辿り着いたのは貴族街――――ではなく、そこからほど近い教会だった。
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