幕間 クレアとイリーナ
「イリーナ試験官。それ、美味しいですか?」
「試験官ではありません。もう試験は何週間も前に終わったでしょう」
いつもは凛として涼しい声は今はもごもごとしている。
「それで?」
「もぐもぐ……はい、美味しいです」
ギルド員イリーナは、口元にクリームを付けたままにこりと微笑んだのだった。
*
何故こういうことになっているのだったか、そもそもの発端を思い出す。
あれは私がいつものように依頼の達成をギルドに報告しに行った時のことだった。
「はい、達成に必要な素材の納品を確認いたしました。これで依頼は完了です」
窓口で受け付けをしていたイリーナギルド員は、いつものクールで淀みのない受け答えで依頼の完了を告げた。
「Dランクに上がってから好調のようですね」
事務的な彼女にしては珍しく一言添えてきたので、その誉めているとも取れる言葉に私は内心胸を弾ませる。
「ええ。もっと強くなりたいんです。この槍の本来の性能を引き出す為にも」
「本来の性能……?」
喋りすぎたかな。と思うものの、ギルド員の中でも特に真面目な彼女が口が軽いとは思えないので、少し答えることにする。何より、彼女に対して見栄を張りたかったのもあるかもしれない。
「この槍はさる貴族の家宝である魔槍……によく似た物で、その本来の能力は穂先を飛ばして攻撃するなんてチャチなものには留まらない筈なんです」
「なるほど」
彼女が翡翠色の髪を揺らす。
「ところで、貴女に頼みたいことがあります」
彼女の一言にどきりとした。
珍しくマニュアルにない言葉をかけてきたのはそのせいか。
ギルド員である彼女からの頼み、つまりギルドからの依頼ということ。
この間の聖女への届け物の依頼は断ってしまったが、ギルドからの依頼というのは報酬がいい。自分に達成できそうなものならば、是非受けたい。
「はい。内容は、何でしょうか?」
自然にごくりと唾を飲んだ。
「私と……甘味処『アバンチュール』に行っていただきたいのです」
「はい……?」
*
なんでも、ボナリーさんに『私は甘いものが苦手なので』とアバンチュールのサービス券を二人分もらったらしい。そしてその時『気になる方を誘ってみてはいかがですか』などと吹き込まれたらしい……。
「それで誘うのがなんで私なんですか。わざわざDランカーなんか誘わなくたって、イリーナさんなら選択肢はいっぱいあったでしょうに」
そう言っても、イリーナさんはクリームを口元に付けたままきょとんとするだけだった。
ああもう、この人もしかして仕事じゃない時は意外に天然なのかしらっ!?
「私は貴女が良かったのです。それに貴女もこうして来てくれたでしょう?」
つぼみが綻ぶような柔らかい微笑みを彼女が見せる。
その笑顔に弱いんだから、そんな簡単に見せないでよ。
「クリーム、付いてますよ」
ハンカチを取り出し、身を乗り出して彼女の口元を拭う。
ただそれだけのことなのに、彼女は微かに頬を赤らめて私を見上げた。
何その表情。私の理性をどうにかしたいのかしら。
「つ、次はローズベリーパフェが食べたいんでしょ。さっさと頼みなさいッ!」
椅子にどすんと腰を下ろして、横を向く。
「ええ、それは良いのですが。貴女は?」
ぼんやりとそんなことを聞くのだから、やっぱり彼女は仕事以外では天然に違いない。
「私はパフェをもう三杯も食べたの、お腹いっぱいに決まってるでしょ!」
私も甘い物が好きなのもあって嬉々としてついてきたのだが、彼女の胃袋の強さには到底敵わなかったのだ。
まったく。
もしも私と彼女が仕事上で付き合いがあるのではなくて同年代の友人だったなら、日頃からこの天然さを目の当たりにして癒されたり「しょうがないわねー」なんて言ったりして毎日のように街中を連れ回して歩いて他愛もない話に花を咲かせたりしていたに違いない。そう考えると無性にイライラしてくる。
「それで」
ローズベリーパフェを待つ間、彼女が口を開く。
「今度は何処にデートに行きましょうか」
花のような笑みに、誘われる。
まったく、同年代だったならこの大人っぽさにこんなに胸が高鳴ることもなかっただろうに。
ほんと、悔しいったら。
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