第39話 切り裂きジル
「ううん、手掛かりはほとんどないねえ」
「犯行は真夜中。しかも人気のない場所を選んでいる。証人がいれば奇跡だろう」
聖都レメリアーノを後にするために馬車に揺られ始めたところだった。
大通りで見覚えのある二人を見かけたので、御者さんに言って止まってもらった。
茶髪の伊達男と眼帯の男。
確かシャルルという人と、その師匠さんだ。
どうやら真面目に仕事をやっている最中のようだ。
「おーい!」
馬車の中から二人に声をかける。
「お、坊主どもじゃねえか」
師匠さんが振り返る。
「お二人はギルドで依頼されたっていう事件の調査中ですか?」
「ああ、そうなんだがこれが難航していてな。坊主どもはもうレメリアーノから出るのか」
「はい、とっても綺麗な所なんですけど、俺たちもギルドからの依頼で来てるのですぐ戻らなくちゃいけないんです」
シャルルがそれを聞いてうんうんと頷く。
「残念だろうけど、それがいいよ。今、この聖都には――――『悪魔』が蔓延っているからね」
「悪魔?」
彼の物言いに首を傾げると、師匠さんがぽこんとシャルルの頭を叩いた。
「おい、余計なことを言うなシャルル」
どうやら聞いちゃいけないことらしかった。けれど、今の言葉に俺もヘンリーもモニカちゃんもライアンも、何なら馬車の御者さんすら興味津々な顔をしている。
「あー……いやなに、儂らはギルドから依頼を受けてるから被害者の遺体も調べる権利があるんだが……」
「遺体が目も当てられない惨い状態でね。何度も目にしていると流石に精神にクるものがあるよ」
二人とも悄然とした様子で言った。
大の男二人がこんな表情をするんだ、相当に違いない。
「ふむ、確か被害者はみな男でしかも荒くれ者なんだったか」
ヘンリーがぶつぶつと呟くように喋り出す。
「それに加えて遺体の損壊状況はみな酷い……なるほど、興味深いな」
「どういうことだヘンリー?」
ヘンリーは何か頭のいいことを言ってくれると、すっかり信頼している俺は彼の発言に期待する。
「遺体の損壊が酷い。つまりただの物盗りではない。しかし快楽殺人が目的なら女や子供といった弱い者を狙う。それが人間というものだ。わざわざ荒くれ者の冒険者なんて強そうなやつは狙わない」
期待通り彼はすらすらと喋り出した。
快楽殺人、聞いたことのない言葉だが意味は分かる。彼の造語だろうか。
「じゃあ、何かの復讐か?」
ライアンが尋ねた。
「それはオレたちも疑ったんだけどね。被害者たちに共通点は見当たらなかった、荒くれ者だってこと以外にね。ギルドの記録だって参照したが、被害者たちがパーティを組んだ経験などの接点も無し」
茶髪の伊達男、シャルルがそう返す。
「じゃあ魔物が街に侵入して……とか?」
「それこそ愚問さ。何せここは聖都だよ? ありとあらゆるクレリックが結界を張ってるんだ、絶対に魔物なんかこの街には入れない」
魔物の可能性は一蹴されてしまった。
我ながら馬鹿な質問をしてしまったことに少ししょげる。
「くっ、聞けば聞くほど面白そうな事件じゃないか……っ!」
ヘンリーはわなわなと震えている。
いま聖都を離れなければならないことがよほど悔しいのだろう。
「この程度の事件じゃ王都騎士団も動いてくれないしね。被害者が死んでも構わない人間ということで、ギルドもこれ以上冒険者を動員してくれないし。オレたちは途方に暮れてるってわけサ」
シャルルはやれやれと肩を竦めてみせる。
「死んでも構わない人間、か……」
ライアンが感慨深そうに呟いた。何か思うところがあるのだろうか。
「"切り裂きジル"を捕まえるにはもう、囮捜査ぐらいしか手がないかもしれんなあ」
師匠さんが呟く。
切り裂きジルというのは彼らが『悪魔』に付けた名前だろうか。
「そんな、それじゃシャルルさんたちが危険じゃないですか」
モニカちゃんが声を上げる。
「細心の注意を払うから大丈夫さ。最も切り裂きジルが品行方正まじめな冒険者であるオレたちに興味を示すかどうかは分からないけれどね」
「いやいや、シャルルお前ェならその辺の心配はいらねえさ。囮としてはバッチリだ!」
「はっはっは、それはどういう意味かな師匠?」
二人はいかにも楽しげに笑っていたが、俺は彼らのことが心配だった。
それでも彼らは仕事でやっているのだ。
俺たちが助けになれることはない。
馬車は聖都レメリアーノを離れて、港街ポルト・ガットへと向かう。
馬車の窓から見える空は次第に暗くなっていった……。
*
ステップステップ、らんらんらん。
もう、夜です。
すっかり暗くなって、今日はお月様も雲のベッドで眠ってるみたい。
月明かりのスポットライトはないけれど、私は今日も楽しく踊ってます。
アン、ドゥ、トロワ。
アン、ドゥ、トロワ。
私の桃色のお下げが揺れています。
さて、今日は何処に行こうかしら。
暗い森の中? クマさんたちの洞窟? それとも鏡の迷宮?
ワクワクしながら私は心の赴くまま、足の赴くままに歩みます。
手首には朱い痕。
もう、クマさんったら。やっぱり痣になっちゃったわ。
「おや、お嬢さん。大丈夫かい?」
森から出てきた茶色毛のキツネさんに出会いました。
「身体がフラフラしてる。飲み過ぎたのかな? 家は何処?」
キツネさんはニコニコして近づいてきます。
きっとキツネさんもダンスが大好きなのね。そんな顔をしてるもの。
「家は……すぐ近くです」
「すぐ近くっていうと、貴族街の方か。道理で綺麗なお召し物を。良かったらそっちの方面まで送っていこうか? 最近ここらは物騒だからね、君のことが心配なんだ」
キツネさんは綺麗なダンスホールに案内してくれるみたい。
私はこくんと頷いて、キツネさんの招待を受けました。
このキツネさんは何処のダンスホールに連れて行ってくれるのかな。
お家まで送るって言って暗い森のダンスホールに連れてくるのが、動物さんたちのお気に入りの悪戯なんだから。
「ほら、ついたよ」
「え……?」
着いたのは明るい街灯がいくつも立ち並ぶ、貴族街の入口。
キツネさんの言葉そのまんまに。
「流石にここから先までは送れないよ。怪しい髭の男が君を送ってきたら、ご両親が心配するだろう?」
そう言って、キツネさんは私をここを置いてけぼりにして去っていってしまいました。
今ならきっと彼の背中に追い付く。
でも、自分からダンスのお誘いなんてしたら、私はきっと人間ではなくなってしまう。だからそれはできない。
「……つまんない」
こんなの、つまんない。
つまんない。つまんない、つまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんない。
ああ、そうだ。
あの時のクマさんともう一度遊ぼう。
今の私なら、きっと出来るはず。
お腹の子もグルグル唸って、出来るって言ってるわ。
「
*
その朝はメイドの絹を裂くような叫びから始まった。
また例の"切り裂きジル"の犯行と見られる死体が見つかったとギルドから叩き起こされ、オレたちは現場へと向かった。そしてそこで目にしたものはなんと……
「な、この被害者は……ッ!」
「ああ、間違いない。以前見つかった被害者と同じ顔をしている……ッ!」
今回の犯行は何もかもが特殊過ぎた。
いつもは人気のない場所で犯行が行われるのに、被害者が見つかったのは貴族街の入口。それに以前死んだ被害者が二度目の死を遂げているのだ。
そんなことって、あり得るのか?
「双子の兄弟か? これは以前の被害者も調べ直す必要があるな」
師匠が唸りながら遺体を調べているのを眺めながら、オレは嫌な予感がしていた。
つい昨晩、真夜中に街をふらふらと歩いていた女の子をこの場所まで送ったのだ。犯行はそのすぐ後に起こったのでは? あの子はこの事件と関係がある?
――――もしかして、あの子が"切り裂きジル"なのか?
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