第35話 二つのステップ

 大教会の前には広々とした空間が広がっている。

 通称「レメリア広場」と呼ばれている。冒険譚に謳われている聖都の英雄、小勇者ファリエロの銅像が広場の中央に堂々と立っている。

 ファリエロの銅像に向かって何かの魔道具を向けている旅人がいる。


「あれは写影機だな。とても精巧な風景の写し絵が一瞬で出来上がる魔道具だ」


 ヘンリーが説明してくれる。

 旅人は今度は連れと並んで銅像の前に立ち、通りがかった他の人に魔道具のスイッチを押してもらっている。

 風景と一緒に自分たちの顔も写し絵にするということか。


「楽しそうだな」

「写影機に興味はなかったが、ああいうのを見ると確かにそうだな。でも高いぞ」

「じゃあ俺たちには無縁の物だな」


 旅人たちの様子を遠巻きに眺めながら、ヘンリーと頷くのだった。


「ノエル!」「ノエルくん!」


 ライアンとモニカちゃんが二人揃って俺を呼ぶ。


「「あれ美味しそう!」」


 二人して目をきらきらさせて屋台を指差すのだった。


「どれどれ……」


 屋台に近寄ってみる。


「美味しい美味しいパニーノはいかがかな! 今なら四人分で銀貨1枚に負けてあげよう!」


 屋台の店主が俺たちを見て、ここぞとばかりに笑いかける。


 パニーノとは切れ込みを入れた白パンの間に、ハーブやスパイスを混ぜて熟成させた挽肉を薄くスライスしたものとチーズ、そして少しの葉野菜を挟み込んだもののようだ。確かに美味しそうだ。


 「確かにそろそろお昼だしな。みんなでこれ食べるか」


 旅の間の食事代もギルドからライアンに預けられている。

 ライアンに銀貨を出してもらって、みんなでパニーノを手にした。


「ねえねえ、次は『ジョヴァンニの愁嘆』を見に行こうよ。そういう名前のすっごく大きな壁画があるんだって」


 モニカちゃんが楽しそうに提案する。

 もしかして何処を観に行くかをあらかじめ調べていたのだろうか。

 そんなに俺とのデートを楽しみにしてくれていたのか。


 残念ながら彼女と二人きりのデートにはならなかったが、これはこれで賑やかでいいと思うのだった。


 壁画があるという方面へと向かうと、多くの旅人に人気なのか少しずつ人通りが多くなっていく。人々の楽しそうな会話が通り過ぎ様に聞こえてくる。


「なあ、知ってるか? ポルト・ガットの怪談!」


 その中の一組の旅人の話が耳に入ってきてしまった。


「この間の魔物災害で死んだ人の亡霊が夜になると街を彷徨ってるんだとよ」


 リドリーちゃん。

 この間のあの子の幻を否が応でも思い出してしまった。


「大丈夫、ノエルくん?」


 顔色に出ていたのかモニカちゃんに気遣われてしまう。


「あの人たちは他人事だからあんなことが言えるんだよ」

「うん……そうだね」


 あの子の亡霊を見たなんて言えない。


 *


「ふむ……可笑しいな」


 港街、ポルト・ガット。


 喧噪の中、<<創世>>のハルトは小首を傾げた。

 何処へ行っても亡霊、亡霊、亡霊。

 死んだ人間の話ばかりだ。


「これは――――何かがな」


 *


 空にはお月様とお星さま。

 もうすっかり夜です。


 ステップ、スキップ。


 カールした綺麗なピンク色の長髪が揺れているのが、ショーウィンドウに映ってる。煌びやかなガラス張りの屋根付き商店街ガレリア。私はそこを上機嫌で踊るように歩いてます。


 ワン、ツー、スリー。アン。ドゥー、トロワ。


 ガレリアを離れて薄暗い路地へ。

 路地裏を進んでいくのは深い森の奥へ入っていくようで、私はわくわくです。

 道の両側に高く建物がそびえていて、道の先は見通せなくて、振り返れば何処から来たかも分からなくなりそう。

 でも、心配はいりません。だってそれが楽しいんですから。


「なあお嬢ちゃん、こんな夜遅くにここいらを歩いてるのは危ないぜ」


 あ、森の奥からクマさんが。

 ニコニコ笑っていてなんだかとっても楽しそう。


「なにせ――――オレみたいなのがいるからなァ!」


 クマさんが私の手を取って、ダンスのお誘いです。

 とっても力が強くて、私は少し腕が痛いくらい。

 痣が残ったらどうしましょう。


「ええ、ええ、そうですね。踊りましょうか」


 私もニコリと微笑んで、片手でスカートの裾をつまみました。


「綺麗なおみ足を見せてくれるって、が、ァ……?」


 さあクマさんはどんなステップを見せてくれるのかしら?


「オレの腹、穴が、空いて……?」


 あらあら、俯いて。クマさんは恥ずかしがり屋さんなのね。


「だ、誰か、助けてくれェ! 女のから、化け物がッ!!」


 ワン、ツー。私もステップを踏みます。

 タン、タタン。


「が、ァ……誰か、オレに治癒術、をォ……」


 タン、タタン、タン。

 私が踊る度にクマさんは嬉しそうに声をあげました。


「ァ……ガ……」


 ちゃんとちゃんと、最期まで踊り切ることができましたね。

 クマさんも満足したのかシーンと黙っています。


「じゃあ、またいつか踊りましょうね。あなたの声、可愛かったわ」


 クマさんとまた踊れるように、お勉強がんばらなきゃ。

 私はまた決意を新たにして家路へとつきました。


 おなかの子もグルグル嬉しそうでした。


 *


「む……?」


 気配を感じて、羽ペンを止めた。


 蝙蝠すら飛ばない夜遅く、真夜中のこと。

 俺はギルド長として多くの書類を片付けている最中だった。


「上か」


 双剣を背中に担ぎ、気配の元へと向かう。

 窓の桟を蹴って、一跳びでギルド館の屋根へと上がる。


「わざわざ夜に来てやったんだ、感謝しろよ」


 そこにいたのは白皙の男。

 大理石で造られた彫像よりも白い身体が月明かりを帯びて、幻想的な美しさを醸し出している。


「貴様は……帝国の御子! 何の用だ、資料は全部くれてやっただろう」


 双剣を抜き、御子を睨み付ける。


「今日はそういうンじゃねェよ、ただの個人的な興味だ。」

「興味、だと? 一体ここの何処に貴様の興味をそそるものがあるというんだ?」

「ハ、しらばっくれんなよ。判ってるんだぜ。お前、吸血鬼ヴァンパイアだろ?」


 言い放たれた言葉に、一瞬息が止まる。


 やはり、判っていたか。

 神の子たる御子には見抜かれているのではないかと思っていた。

 彼の言う通り、俺の身体はもう数百年もの昔に人のものではなくなった。


「だとしたらどうする? 神の子として穢れはこの場で滅するか?」

「そんなことはしないさ。せっかく見つけた玩具だ――――遊ぶだけさ」


 パチパチ、パチ。

 御子の拳が光を放ち始める。


「それは……」

「ああ。御子だけが使える光魔術、始祖神の力。雷というやつさ」


 本来ならば掌から発現し、放出される筈の魔力を彼は拳に纏わりつかせている。


「そンじゃ、簡単にくたばるなよォ!」


 御子が屋根のレンガを踏んで、跳んでくる。

 瞬きの間もなく拳が目の前に迫る。

 人ならざる者の並外れた反射神経によって、紙一重のところで拳を避ける。


「ぐ……ッ!」

「どうだァ、雷の味は? 痺れるだろ」


 雷を纏った拳は、通り過ぎざまに俺の頬を焼いた。

 火ではなく光に焼かれる感覚はなるほど新鮮なものだった。


「なるほど、確かに児戯のような味だ……ッ!」


 答えながら、御子に双剣で斬りかかる。

 紅い焔と蒼い炎が御子めがけて奔る。


「よっと!」


 宙を舞う細い身体。

 御子はそのしなやかな身体で宙返りを打って、両側から迫る刃を避けた。

 剣を振りかぶった後の無防備な体勢に殴りかかられないように、俺はレンガを踏んで後ろへと跳ぶ。


 御子が拳を構えて間合いを見計らう。

 俺も双剣を構え、斬りかかる隙を探す。


 炎熱と雷光。

 真夜中の港街で人知れず二つの光が相対していた。

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