第2章 第二の禁忌
第26話 『ノエル』
俺には『人間』が上手くできない。
いつも怒られてばかりだった。
手に持ったものが何でも不気味に光を放つようになってしまうから。
光を鎮めようと気を落ちつけようとすればするほど、光は強さを増した。それでいつも怒られた。
周りからの視線が棘のように突き刺さった。
みんな俺のことを『人間』じゃないものを見る目で見てくる。
視線が痛くて痛くて痛くて、生きているのは痛いことだった。
手にしたものが時折淡く発光するようになったのは、両親が事故で死んでからだった。
小さい村には孤児院なんてものはないから、村長の家に引き取られることになった。両手に抱えた荷物を光らせながら現れた不気味な子供を、当然村長夫妻は歓迎しなかった。
何故か俺が物を手にするとそこに光が篭もってしまう。
それを俺の性質だと判断した村長夫妻は、俺が光を漏らしているのを見つけると厳しく叱咤するようになった。光はどうやら俺の感情によって漏れ出すものなのだと分かると、村長夫妻はそれをコントロールするように命じた。
"普通の『人間』はそんな風に感情を発露させない。それを見た人がみんな怯えるだろう。もっと普通の人みたいにしなさい。そんな風にされたら私たちが上手く教育できてないように思われるじゃないか。みっともない、『人間』ができてない。"
彼らはいつも厳しい目つきで俺を見ていた。
ある日村長の奥さん……俺の義理の母親が珍しく優しい顔して俺を手招きした。
そして穏やかな声音で俺に言い聞かせる。
「お前もこのままでは人間として駄目だと分かってるだろう? 自分を変えなければいけないよ」
彼女はなにかを赦すように慈悲深い視線を俺に降り注がせた。
だから、自分は何か赦されなくちゃいけないような悪いことをしてるんだと思った。俺に罪があるんだ。俺は『人間』がうまくできない悪い子だ。せっかく"赦された"のだから、言われたとおりに努力しなければ。
でも、どうしても上手くできなかった。
頭の中でいくら自分を叱責して責め立てて罵倒して呪って憎んで殺しても、光は溢れるばかりで全然収まってくれない。むしろ強くなる一方だった。
そんなある日、俺はとうとうある一人の旅人の前で、手に持ったものが光り輝き出すのを見られてしまった。旅人の前では決してしでかすなと言われていたのに。見られたら村に化け物がいると噂になるからと。
旅人の前で固まっていると、旅人は俺の頭に手を伸ばした。殴られるんだろうかと身体を竦める。
「坊主。それは魔力だな。昔からいるんだ、物に魔力を籠めるのが生まれつき上手い奴が。良かったな坊主、修行すれば魔法剣士になれるかもしれんぞ」
ふわふわと優しい感触。
その冒険者はニッカリと歯を見せて俺に笑いかけていた。
魔法剣士。『人間』にもなれない俺がなれるものがある?
俺の胸の中に憧れというものができた瞬間だった。
その冒険者は一日しか村に滞在しなかった。
だが彼の存在は今なお俺の胸に深く刻み込まれている。
その日の夜のことだった。
「それにしても何だろうねあの昼間の男は」
村長夫妻の会話が聞こえた。
「冒険者だったか、ああいう汚らしい輩は村に寄り付かないでもらいたいね」
すぐに俺に夢を与えてくれたあの人のことだと分かった。
汚らしい、それは違う。彼は良い人だ。そんな風に言うな。
初めて彼らの言うことに反抗心を覚えた瞬間だった。
それは青天の霹靂だった。
彼らの言うことも間違っていることがあるのだと初めて理解した。彼らの吐く叱責を真っ直ぐに胸に受け止めなくてもいいのだと初めて思いついた。
それから俺は秘密裏に準備を整えた。村を出て冒険者になる準備をだ。
この村では上手く『人間』ができなかった俺でも、外の世界に出れば冒険者とか魔法剣士とかいう『なにか』になれるんじゃないかと思って。
そして16の誕生日に俺は村を出て街を目指し、同時に村長夫妻に与えられた名字を棄てた。
街に辿り着いて暮らし始めてから数ヶ月。
俺は『なにか』になれただろうか。
今でも時々不安になる。『人間』にも『なにか』にもなれなかったら俺は何なんだろう。いつか不定形のスライムのようにどろりと形が崩れて、俺が何者でもないことがバレてしまうのではないだろうか。
それが俺の一番の恐怖だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます