第24話 時逆の竜殺し
ドラゴン。
今では<<迷宮>>の最下層でしか存在を確認されない、ほぼ伝説上の存在。
それがいま厳然と俺たちの前に立ちはだかっている。
生命の因子の配列を自由自在に操れるというなら、そりゃ最強の生物に変身するかもしれない。だからといってドラゴンに変身するなんて、そんなのアリなのか?
「焼ギ尽くしデくれル……ッ!」
ドラゴンの胸の部分に人の顔のようなものが浮かび上がり、それが怨嗟のような咆哮を叫ぶ。
「貴方がたはここでエインズワース様を守っていて下さい」
ボナリーさんが果敢にもドラゴンへと向かって駆け出していく。
ヘンリーを守っていろとは言うが、要は俺やクレアに飛び出すなと言っているのだ。
「ボナリーさん、駄目です!」
ドラゴンには何もかも焼き尽くす
だが、駄目なのだ。何故なら……
ガキィンッ。
火花が散り、金属の弾かれる嫌な音が響く。
ドラゴンの振り回す尾を掻い潜って水飛沫を立てながらドラゴンの頭に飛び乗り、その小さな瞳に短剣を突き立てたボナリーさんだったが、それが弾かれたのだ。
吟遊詩人はこぞって
「はぁッ!」
焔髪のギルド長も双剣でドラゴンに斬りつけるが、水飛沫が立つだけでその奥の実体には攻撃が通用していないようだ。もしも彼の双剣がツヴァイスのそれのように魔剣ならば攻撃が通用するのではと思ったが、如何せん相性が悪すぎるようだ。
ドラゴンが爪を振るうごとに、尾を振るうごとに屋敷の壁が削り取られて地面ごと揺れる。
どうしようもない、こんなものどうしようもない。
だってどんな攻撃も通用しないんだから。それは絶対に勝てないってことだ。
「ノエルさん」
凛とした声が響く。
声に振り向くと、ヘンリーを治療していた筈のイリーナさんが真っ直ぐに俺を見据えていた。
「一つだけ、あのドラゴンに攻撃が通じる可能性があるものがあります」
こんな絶望の中、彼女はその一つの可能性とやらを確かに信じているようだった。
「それは……?」
「貴方の魔法剣です」
芯のはっきりと通った彼女の言葉に耳を疑った。
「なッ、俺の魔法剣!?」
そんな馬鹿な。俺の炎の魔法剣はジャイアントスケルトンにすら弾かれたんだぞ。ドラゴンに通じる訳がない。
「あの時二回目に使った黒い靄のような魔法剣です。あれは……恐らく時属性の魔法剣。そうですね?」
「え……?」
時属性? え、だってあれは光属性の魔法剣じゃなかったのか?
だって、ハルトさんのおまじないを真似したんだ。あれは傷を治してくれるから、光属性じゃないのか?
「分かっていなかったんですか。とにかく、時属性なのです。通常のドラゴン相手ならばともかく、あれは後から竜に変じたもの。すべてを元に戻す時の魔法ならばあのドラゴンに通じます」
「そんな、無理だ! 俺なんかがドラゴンに敵わないっ!」
「いいえ、敵います。人は竜を殺せます。でなければ竜殺しの英雄譚があんなにもたくさん語り継がれているはずがありません」
彼女の言葉にハッとした。
確かに、英雄譚ではドラゴンには一切の攻撃が通じないと謳われている。それでもその
どうしてそれを忘れていたのだろう。
「イリーナさん……俺、やります」
「ええ。貴方ならそう言ってくれると思っていました。ギルド長とボナリーに隙を作ってもらいなさい。そこに貴方の一撃を叩き込むのです」
目が覚めた思いでイリーナさんが張ってくれた結界の外に出て、ボナリーさんとギルド長に向かって叫ぶ。
「ボナリーさん、ギルド長! 俺の一撃なら攻撃が通じるかもしれません! 援護をお願いします!」
「……! なるほど。かしこまりました」
「ほう、何か持ってるのか。分かった、好きにやるといい」
二人ははっきりと頷いてくれた。
こんな吹けば飛ぶような新米冒険者のEランカーを、みんな信頼してくれている。その事実に思わず涙ぐみそうになった。
だが視界を曇らせている場合ではない。しっかりと前を見据える。
「私がノエル様をドラゴンの頭まで持ち上げます。その間の足止めをギルド長、お願いします」
「ああ」
ボナリーさんの提案にギルド長がすぐに頷く。
彼の言葉に少し驚いてしまった。まさか人を抱えたままでドラゴンの頭まで跳ぶ自信があるのか。その規格外の身軽さ、もはや跳躍ではなく飛翔なのではないかと。
「では失礼します」
ボナリーさんが背後から俺を抱え上げる。
「うわっ」
いわゆるお姫様抱っこの形に抱え上げられ、恥ずかしさに顔が熱くなった。お姫様抱っこされる竜殺しの英雄がいるか?
「行くぞっ!」
焔髪をなびかせてギルド長が突撃していく。
「何度同じゴとをしテも無駄ダ……ッ!」
ドラゴンが身体から水を迸らせながら片腕で易々と双剣を受け止める。
「フッ。コレの相性が悪いというのなら、使わなければいいだけのことっ!」
ギルド長は力を込めて竜の腕を押し返したかと思うと、なんと両手に持った剣を投げ捨ててしまった。
そして一気にドラゴンとの距離を詰めると、獣のようにその手で直接ドラゴンの胸に浮かび上がっている人面を殴ったのだ。
「ギャ……ッ、ナゼ、人間の爪ゴトキが竜の鱗を貫ク……ッ!?」
よく見るとギルド長はドラゴンの皮膚を殴ったのではなく、爪を突き刺したようだ。そんな馬鹿な。
「今です、あれの注目はギルド長に集中しています」
ドラゴンは眼鏡男と新米冒険者になんか目もくれていない。そりゃそうだろう。俺だって突然現れてマンティコアとゴーレムを薙ぎ払ってドラゴンの鱗に素手で攻撃を通す謎の男の方が気になる。
ふわり。身体を縛める重力が一瞬消える。
重力とはこの世界の核である天文魔晶石から発されているとされている強大な力で……というヘンリーのうんちくが一瞬頭をよぎる。
ボナリーさんが高く跳躍したのだ。それに抱えられている俺は一瞬宙に浮いているようだと思った。
ドラゴンの背中に着地する。その頭を支える首が目の前に見える。
「さあ、貴方の出番です」
こくりと頷き、剣にあの時と同じ魔術を籠めていく。
あの黒い靄が剣身に纏わりつき、昏い剣が再現されていく。
後はこの剣を振り下ろすだけだ。
その時、風を感じた。
ぶおん、と空気の鳴る音が聞こえたと思ったら、ボナリーさんが吹き飛ばされていくのが見えた。
「ボナリーさんッ!」
ドラゴンが尻尾を振って身体の上の俺たちを攻撃しようとし、ボナリーさんが俺を庇ってくれたのだ。
吹き飛ばされたボナリーさんは床の上を派手に転がっていき、壁にぶつかった。ピクリとも動く様子がない。
まさか、死んでしまったのか? 俺のせいで? ドクドクと心臓が胸を叩いている。
ドラゴンの視線は相変わらずギルド長だけに向いているが、尻尾がまたこちらに向かってくる。やるしかない。
「喰らえぇえええーーーッ!!!!!」
闇渦巻く剣を水竜の首へと思いっきり振り下ろした。
「ギ、ァ……ア……?」
ドラゴンの首は胴体から切り離されたかと思うと――――一瞬の硬直の後、ドラゴンの身体がどろりと崩れた。
それと同時に重力が俺の身体を捕らえ、俺の身体はなすすべもなく床へと落下した。
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