第23話 万変の生命

 一匹、二匹、三匹……次々とスライムが天井から落下してくる。

 そしてそいつらがぶくぶくと泡立つように形を変えていく。それを見ているしかなかった。マンティコアが何匹も何匹も現れる。


 「これでも逆らうかね? 君の友達を助けたいだろう、さ、私たちが治療してあげよう」


 モンゴメリーさんが優しい声音で俺に笑いかける。

 彼に攻撃しようとしていたボナリーさんは、落ちてくるスライムの群れを見て攻撃を諦め、俺たちのすぐ傍まで後退した。


 「私が囮になりますので、二人は逃げてください」


 ボナリーさんが囁く。


 「そんなっ、無理です!」


 「その状態のエインズワース様を逃がすには囮が必要です。私ならどうにでも逃げようがあるので構わず」


 その言葉を聞いて震えながら背を向ける。

 ヘンリーに肩を貸しながら、なるべく全速力で背後の扉へと向かう。


 「そうはさせないよ」


 ボタッ、ボタ。


 天井から落ちてきたスライム数匹が玄関を塞ぐ。

 通さないという意志のように、そのスライムたちは堅固なゴーレムへと変じた。


 「あ……」


 どうしようもできない。ヘンリーの顔色はどんどん悪くなっていく。

 絶望が心を覆っていく。俺たちはもう屈服するしかないのか。

 何か、何か逆転の一手はないのか? 何か、俺が閃きさえすれば……。



 「坊主ども、よく耐えたなッ!」



 突如として声が響き、ガラスの割れる大きな音が屋敷に響いた。


 吹き込んできた旋風はほむらの形をしていた。

 押し破られたガラスの破片が宙でキラキラ煌めいて、赤より紅い長髪を飾っている。それはまさに炎の化身のような男だった。


 炎が屋敷の中心に降り立つ。その手には双剣。

 男はその二振りの剣を構えると、


 「はぁッ!」


 目にも止まらぬ速さでマンティコアの群れを薙ぎ払い始めた。

 一本の剣が紅い閃光を残し、もう一方の剣が蒼い閃光を走らせる。


 「な、何者だっ!?」


 双極剣。

 うたに聞いた双極剣の使い手ツヴァイスのようだと思った。

 双極剣は二振りの魔剣。魔剣とは魔法剣とはまったくの別物で、魔法剣は普通の剣に魔術を一時的に籠めたものだが、魔剣は材質からして魔の物からできているすべてが魔術によって織り成された剣だ。その効果は永遠に消えることがないと言われている。

 炎の魔女アタナシアに授けられた邪焔の剣と、魔性の妖精グレイスに力を与えらえた蒼炎の剣。ツヴァイスはその二つの魔剣を使いこなす二刀流なのだ。


 今あのほむらのような髪色の男が操っている剣も、伝説に謳われた魔剣のように紅と蒼の炎熱を迸らせている。

 だがあの男が英雄ツヴァイスでないことは分かっている。だってツヴァイスは今から500年以上も昔の人間だ。吟遊詩人にせがんで何十回とツヴァイスの伝説を聞いたから知っている。


 不意にパリン、パリンと小さくガラスが割れる音が聞こえた。


 「よっと。イリーナ試験官、お手を」


 そして聞き覚えのある声。見るとさっきあの男が突撃してきてガラスを割った窓から、クレアとイリーナさんが入ってくるところだった。


 「イリーナさん! ヘンリーが毒にやられたんです助けてください!」


 無我夢中で叫んで知らせると、二人が血相を変えて駆け寄ってこようとする。それを阻むようにゴーレムが動き出した。


 「させるかッ!」


 脇を駆け抜ける熱風。気が付くとゴーレムの胸元に双剣が突き刺さっていた。

 炎髪の男がゴーレムの胸を蹴って、剣を引き抜きながらその反動で宙返りする。そしてもう一体のゴーレムの頭を両脚で挟み込むように着地すると、頭に剣を突き刺して二体目のゴーレムにもトドメを刺した。


 その間にイリーナさんとクレアがヘンリーの元まで駆けつけてくれていた。


 「防御膜プロテクト毒物解除デトキシフィケーション治癒開始ヒール


 イリーナさんは俺たちの周りに結界を張ると、余計な会話はせずにすぐに治療を始めてくれた。

 ヘンリーの顔色が良くなっていくにつれて、胸の動悸が収まっていく。自分のせいで友を失うことにならなくてよかった。


 「ご老人。チェックメイトだな」


 気が付けばあんなにたくさんいたマンティコアは一体残らず動かなくなっていた。


 「ギルド長……ありがとうございます」


 小さく呟いたボナリーさんの声で、あの男がギルド長なんだと知った。

 イリーナさんやボナリーさんの上の人間なんだ。そりゃあんなに強いわけだ。


 「くっ、こんな出鱈目があってたまるか……っ! 私は息子を守らなければならないんだ! ユアンっ、来い!」


 地面が揺れ出す。扉の隙間から床から窓から。何かが染み出してくる。それは液体ではなくて、かといって個体とも言い切れなくて。


 「あぁ……アあぁ……」


 そのナニカは


 「ユアン、私と合体しろ! お前が私の最後の手段なんだ!」


 モンゴメリーさんが染み出してきたスライムのようなものに命じる。

 俺の目には視えてしまった。その不定形の生物から街全体へと無数の魔力の線が伸びているのを。


 「ユアンとは、確か研究者の名前のはず……っ!」


 ボナリーさんが未だ治療を続けているイリーナさんたちを庇うようにして立ちながら呟く。

 そうだ、ユアン・カートライト。生命因子の魔術の研究者の方が確かそんな名前だったはずだ。


 「ああ……そう、か……」


 ぽつりと掠れた声。ヘンリーの声だ。


 「ヘンリー!」


 「生命因子の遠隔操作……ユアンという研究者の生命いのちを核として……<<迷宮>>に繋げ、ごふッ!」


 「喋らないでください、まだ毒は抜けきってません」


 ヘンリーの言いたいことは大体分かった。

 あの元研究者のナニカから出ている魔力の線はおそらくほとんどが<<迷宮>>へと繋がっている。その繋がりから生命因子の操作とやらをして<<迷宮>>の中の魔物を強化していたんだ。そうして魔物災害も起こした。

 生命因子操作の魔術を行使しているのはあのナニカなんだ。


 「融合などさせるかッ!」


 ギルド長がモンゴメリーさんと巨大なナニカに纏めて切りかかる。

 だが、その双剣はガシリと受け止められた。


 「なッ、水の腕……っ!?」


 双剣がジュウウと音を立てて水蒸気を上げる。

 二振りの剣を受け止めたのは巨大な水の腕だった。蜥蜴リザードのもののような腕に見える。


 「君が如何に規格外の化け物であろうと、万変の生命の方が上だということを教えてやろう」


 右腕だけが変じていたモンゴメリーさんの身体が、元研究者のスライムめいた身体と混ざり合うように掻き混ぜられるようにして膨れ上がっていく。

 腕は双剣を絡め取ったままで、ギルド長は動けない。いや、それどころか少しずつ足が床にめりこんでいっている。やはりあの水の腕は彼の炎の双剣とは相性が悪いのだろうか。


 俺も飛び出していってギルド長の助太刀をするべきか。いや、俺なんか何の助けになれる?


 逡巡している間に変化は完了してしまった。


 現れたのは流れる清水の塊でありながら、確固たる質量と存在感を持つモノ。

 属性は水。クラスは伝説級。吟遊詩人のうたでは<<迷宮>>の最下層にだけ現れると謳われているもの。


 ドラゴンがそこにいた。

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