第19話 禁術指定エンバーゴーズ

 「ノエル、無事だったか!」


 神殿に辿り着いた俺たちを迎えたのは……ヘンリーとジリアンさんたちだった。


 「オレたちはかなり後の方にギルドを出発したんだが、<<迷宮>>に入ってすぐに魔物たちが溢れ出してな。慌てて引き返して街兵の人と一緒に住民を誘導してここまで連れてきたんだ。今は巫女さんたちが神殿の周りに臨時の結界を張ってくれている。ノエルはよく戻って来られたな、てっきり<<迷宮>>に飲まれたかと思っていた」


 ジリアンさんが神殿に近づいてきた魔物を薙ぎ倒してくれている横で、ヘンリーがオレとボナリーさんの二人を結界の中へと迎え入れてくれた。「オレたちは」と言ってるから、ヘンリーの試験官はジリアンさんだったのだろう。


 「なんとか這い上がってきたんだ。ところで、モニカという名前の巫女さん知らない?」

 「その巫女さんが休憩中なら本堂の中にいるかもしれん。ちょうどオレも交代するところだったんだ、案内しよう」


 ヘンリーと入れ替わりで弓を持った冒険者が即席のやぐらの上に立ったのが見える。どうやらわざと結界に穴を一か所だけ開けて、そこに魔物が集まるようにして一気に倒しているようだ。


 ヘンリーに連れられて神殿の中を進んでいく。

 ちなみにジリアンさんは魔物退治に血を沸かせていたので神殿の入口に置いてきた。


 中庭では負傷者の治療を行っているようで、見知った巫女さんたちが血だらけの人たちを一生懸命に手当していた。

 その中にはおばば様もいて、運ばれてきた人を一番に診てはその人の手首に赤や橙色や緑色の紐をくくりつけていた。どうやらおばば様が負傷者を重傷度合に応じて色分けして、他の巫女さんが重傷な人から先に治療していっているようだ。

 とてもじゃないがおばば様に話しかけられる隙はない。


 なんだか変な気分だ。おばば様に魔法剣を習うために、モニカちゃんに会うために通っていた神殿が今は血と焦燥の臭いに塗れている。歩いているだけで胃がキリキリと痛んだ。


 「ノエルくんっ!」


 ばたばたという足音と共に一人の少女が駆け寄ってきた。栗色の編んだ長髪に、深緑色の潤んだ瞳――――モニカちゃんだ。無事そうな彼女の姿を見た途端、全身から力が抜ける。


 「よかった……」


 モニカちゃんがぎゅっと俺に抱き着く。柔らかいものが身体に押し付けられ、身体が急にカッと熱くなる。それを見て「おやまあ」とボナリーさんが零すのが耳に入った。

 モニカちゃんが身体を離して顔を上げる。


 「あのね、ノエルくんが昇格試験で迷宮に潜ったところだったって聞いて、小鹿亭の女将さんと心配してたんだよ」

 「姐さんもここに避難してるんだ、良かった」


 彼女の言葉にまた安堵する。おばば様は最初から神殿にいるだろうし安全だろう。


 「とにかく、何があったのか俺も聞きたい。部屋で腰を落ち着けて離さないか」


 これはヘンリーの言葉だ。


 「二人きりにさせた方が良いのではとも思いますが……まあ、それもそうですね」


 ボナリーさんが変なことをぼそぼそと言ったが、俺たちは本堂の方へと移動することになった。



 腰を落ち着けると言っても、神殿の中は避難者で溢れ返っている。俺たちは部屋の隅にぎゅっと膝を抱えて座った。ヘンリーとモニカちゃんの二人に<<迷宮>>で何があったかを話す。


 「なるほど……理解した。なぜ結界が破られていないのに魔物が街まで上がってくることができたのか。強い魔物が結界をすり抜けてきたわけじゃない、結界を抜けられるくらい弱い魔物が結界を抜けてから"進化"して街を襲ったんだ」


 「ええ、私もそう考えております」


 「「そういうことだったんだ……!」」


 ヘンリーとボナリーさんの会話に俺とモニカちゃんは声を揃えて納得した。

 だって今の今まで気持ちが逸ってまともに頭が働いてなかったから、まったく分かっていなかった。


 「それで、イリーナ試験官はこれが人為的な災害だと言っていたんだな?」


 ヘンリーの問いにこくりと頷く。


 「ふむ、少し考えてみよう。これが人為的なものだとしたら、犯人の目的はなんなのか」

 「街を襲うためか?」


 思いついたことを口にしてみる。結果として街が襲われているから、街を襲うためにやったんじゃないだろうか。


 「結果から目的を導き出すのは悪くない考えだな。結果と言えば、街が襲われた以外に常人が望みそうな明確な結果がもう一つある」


 なんだろうか。ヘンリーに馬鹿だと思われたくはないが、思いつかない。


 「透徹魔石が量産されていることだ。何らかの方法で人為的に透徹魔石を保有する魔物を作り出す方法を発見した人間が、考え無しに魔物を増産した結果メイズブレイクしこの大惨事になった。そんな可能性もある」


 ヘンリーの提示した考えに唖然と口を開いた。私利私欲のためにこんな災害を起こした人間がいるかもしれない、なんて……。怒りで身体が震えてくる。


 「ああ、そうだ。そもそもオークからすらも透徹魔石が採れるなんて事態、人為的なものだとすぐに気づくべきだった!」


 頭を掻き毟り出したヘンリーに、ボナリーさんが尋ねる。


 「どういうことですか?」


 「オークでは透徹魔石が造られる為には圧倒的に『格』が足りないんだ。『格』とは簡単に言えば体内に保有する魔力量のことだ。これは正確な言い方ではないが、そこら辺のことは今は割愛する。

 そして透徹魔石が造られるためには火、水、地、風の基本属性が均等に保有されていなければならない。例えば火が1、水が1、地が1、風が1で最低でも4の魔力量がなければならないのに対しオークが保有する魔力量は精々が1しかない、といったところか。実際には差はもっと大きいが。

 だが火が0.25、水が0.25……のように魔力がもっと細かく分割されていれば、理論上はオークからでも透徹魔石が採れるということになる。だがこれは到底自然な状態ではない。自然にこのような状態になることは決してない。

 となればこれは必然的に人為的に造られたものだ、とさっさと気づくべきだった。透徹魔石は自然にできるものだという固定観念に囚われていた!」


 「???」


 ヘンリーがれいてんなんちゃらという不思議な数字を引き合いに出した辺りから訳が分からなくなってしまった。そんな数字、少なくとも村では使うことなどなかった。

 だが隣のモニカちゃんすらうんうんと頷いていて、今の話を理解できているようだ。俺だけ取り残されたようで、少し心細い気持ちになった。

 気にしていても仕方ない、俺でも理解できる範囲のことを整理しよう。


 「とにかく街を襲いたかったから魔物を強くしたのか、透徹魔石が大量に欲しかったから結果的に街が襲われてしまったのか。今のところ考えられる可能性はこの二つということだよな」


 「ああ、それも後者の可能性の方が高い。すべての"進化"した魔物が透徹魔石を産出しているなど偶然ではあり得ない。透徹魔石が生み出されるようにわざわざ調整して魔物を強化していると考えられる。

 もしかしたらメイズブレイクが起きたのも考え無しに魔物を強化したからではなく、街を滅ぼした後でゆっくりと透徹魔石を回収するためかもしれないな」


 「な……っ!?」


 怒りのあまり、抱え込むように握り締めていたカバンに魔力が流れ込んでしまい、それが淡く光を放った。


 「あ、ごめんなさい……っ」


 普通の人にできない方法で感情を露わにするのはみっともないことだ。縮こまるが、カバンにさらに魔力が流れていき、光が収まらない。


 「ノエルくん、大丈夫だよ」


 隣からモニカちゃんが俺の手を握る。大丈夫だというのが何のことかは分からないが、少し気分が落ち着いた。カバンの魔力も霧散していき、光がだんだんと小さくなっていく。


 「そしてイリーナ試験官は原因を調べるためにギルドに行ったんだよな。いわば犯人を突き止めるためにだ。彼女は何か心当たりがあったのか……?」


 ヘンリーはそんな様子に構うこともなく一人で考え込んでいる。

 ギルド。透徹魔石。何かがチラチラと思考を過る。


 「そういえば……ボナリーさんは俺たちが持ってきた透徹魔石の値段を言うとき、何か呟いてましたよね。確かギルド長がどうのこうのって」


 ボナリーさんの方を向いて尋ねる。


 「あっはは聞かれちゃってましたか、面目ない」


 彼は気まずそうに笑顔を浮かべる。


 「確かに今の事態に関係のありそうなことです、お教えしましょう。実を言うとあの時、ギルド長に報告に行ってました。オークから透徹魔石が採れたと言う冒険者が現れましたと。そして査定の折にギルド長に言われたのです。希少性を軸に値をつけるのは止めた方がいいと」


 「それってつまり……?」


 「ええ、オークから透徹魔石が採れるのは初めての事例でしたので私はもっと高い値をつけるべきと思っていました正直。ですが実際にはギルド長の言った通り、その後ゴブリンの透徹魔石やスライムの……と続々と類を見ない透徹魔石が入ってきた訳です」


 「ギルド長は予見していたということですか?」


 俺の問いにボナリーさんはカチャリと眼鏡を押し上げる。


 「そうですね。不審な兆候はあったのです。以前から何者かによって市場の透徹魔石だけが買い占められていました。他の魔石はそのままなのに」


 「待った、透徹魔石『だけが』だと?」


 ボナリーさんの言葉にヘンリーが食いつく。


 「それが何か変なことなのか? 魔術師は好きなんだろ。透徹魔石?」


 よく分からないが魔術師にとっては有用なものだという知識は頭の中に残っている。


 「ああ。だがそれは透徹魔石がどの属性エネルギーにも変換できるからだ。買い占めるなら透徹魔石だけ買い占めるのはおかしい。何か理由があって特定の属性エネルギーが大量に必要だということなら、目的の属性エネルギーに一致する魔石も一緒に買い占められていなければおかしい」


 「?」


 ヘンリーの言ってることがいまいちピンと来なくて首を傾げる。


 「あー、つまりだな。透徹魔石が必要になる時というのはこうだ。炎に特化した杖を作りたいから、炎の魔石が三個必要だ。だが二個しか手に入らなかったから残り一個は万能の透徹魔石で補おう、そういう場合だ。この場合、透徹魔石だけでなく炎の魔石も買い占められてなければおかしいだろう?」


 「あ、あー!そういうことか!」


 「しかし実際に買い占めいるのは透徹魔石だけです。透徹魔石だけを使用する魔術や実験などは存在しないのでしょうか、エインズワース様?」


 ボナリーの呼んだエインズワースというのが誰か一瞬分からなかったが、ヘンリーの姓だったなとすぐに思い出す。


 「そんなものなど存在しな……いや、待てよ?」


 ヘンリーは額に手を当てて考え込む表情になり、ぶつぶつと呟き出した」


 「確かあれは……そうだ、確かに読んだぞ」

 「どうしたんだヘンリー、何か心当たりがあるのか?」


 眉根にぎゅっと皺を寄せた顔で彼は顔を上げる。


 「ああ、あったとも――――『魔術街』で発表され、そして禁術指定エンバーゴーズされた魔術実験がな」

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