第18話 魔物災害メイズブレイク
「はぁぁッ、喰らえッ!!!」
黒く光る刃をジャイアントスケルトンに叩きつける。刃はまるでそこに何もないかのように巨人の足の骨を貫通し――――泡立った。
白い骨が内側から膨れ上がる。いや、萎んでいる。まるで先ほどの進化の"逆再生"のように、見る見るうちにジャイアントスケルトンの足が小さくなっていく。
やった、俺の魔法剣が効いているんだ。調子づいてそのままジャイアントスケルトンのもう片方の足にも斬りつける。
「危ないッ!」
少女の叫び声。
気が付くと自重を支えきれなくなった巨人骸骨の身体が大きく傾いでいた。
「あ」
再生すると分かっているとはいえ、痛いのは嫌だ。せめてもの抵抗に頭上に剣を振り上げた。刃に触れた骨はぶくぶくと形を歪めて縮んでいく。
「
イリーナさんの声が響き、俺の頭上に防御膜が張られる。
だが物量が圧倒的だ。さらに容赦なく降ってくる巨骨の重さを支えきれずに結界は数秒も保たずに粉々に割れ、俺の身体を押し潰した。
血が赤い円を描いて地面に滲むのが間近に見える。
意識が暗闇に沈んでいく……。
*
「い、生きてた……ッ!」
瓦礫が除けられるような音。ガラガラという音と共に光を感じて、俺は意識が覚醒した。
目を開けるとクレアやボナリーさんらが俺の顔を覗き込んでいた。
「あ……、ジャイアントスケルトンは、どうなりました?」
一体何がどうなったのかと思いながら身体を起こす。サラサラと砂のように細かくなった骨片が肩や頭から落ちた。
「ノエル様が一体倒してくれたおかげで、残りの一体はイリーナの光魔術で倒すことができました」
周りを見回すと、確かに大量の灰と骨の欠片が積もっている場所があった。少しずつダメージを蓄積させていって、最終的に灰にすることに成功したのだろう。灰の間に極大の魔石があった。透徹魔石だ。
「俺、どのくらいの間気絶してました?」
「ほんの10分程度です」
身体から骨片を払いのける。ボナリーさんもイリーナさんも、クレアもみんな無事なようだ。
「無茶をすると思ったら、自動回復の魔道具か何か持っていたのね。安心したわ」
クレアが俺に笑いかける。
「あれは自動『回復』というよりもまるで『時を巻き戻していた』かのような……いえ、失礼しました。何でもありません」
イリーナさんは何かを考え込んでいた様子だったが、すぐに頭を振って何事もなかったかのようにいつものクールな表情を取り戻す。
「とにかく試験は終了です。一刻も早くギルドに戻りましょう。<<迷宮>>の様子が何だかおかしいのです」
ボナリーさんが深刻な表情で口にした。
一体何があったんだろう。不安げに彼らの顔を見回した。
ボナリーさんを先頭に、イリーナさんを
「ご覧ください、あそこです」
「オークの群れ……? 第二階層に?」
屈み込んでボナリーさんが指さした方向を覗き見ると、オークの群れがたむろしているのが見えた。
第一階層にオークが出現した時のことを思い出す。あの時は一匹しか出現していなかったのに死ぬ思いをした。
「少し周りを探ってみましたが、皆あのような感じです。この階層に不相応な強さの魔物ばかりなのです」
「え……?」
ぞっと背筋が凍った。
「そ、それって、すべての魔物があのスケルトンみたいに……?」
ぶくぶくと膨れ上がって"進化"したということなんだろうか、第二階層のすべての魔物が。いや、<<迷宮>>内のすべての魔物が、か……?
俺の顔が青ざめたのを見て何を考えているのか察したのだろう、ボナリーさんが頷く。
「ええ。だから一刻も早く地上に上がる必要があるのです。もしも最悪の予想が的中しているならば――――街は大惨事です」
頷いた拍子に彼の眼鏡がキラリと光を反射したのが嫌に不吉に感じられた。
メイズブレイクという言葉が頭をよぎる。何かの拍子にダンジョンから溢れ出した魔物が街を襲う災害のことだ。
もしもモニカちゃんがオークに襲われたあの時のように、"進化"した魔物が何らかの方法で第一階層より上に出現しているならば……普段スライムやカソを相手にしている街兵たちだけで溢れ出てくる魔物に対応できるのだろうか。
ドク、ドクと心臓が俺を責めるように強く脈打つ。こんなところに座って魔物の様子を窺ってる場合じゃないだろと責める。<<小鹿亭>>の姐さんや、おばば様や……モニカちゃんを助けに行くべきだろと。
「こ、こんなことしてる場合じゃない、早く……っ」
焦って立ち上がると、ボナリーさんに腕を強く掴まれた。
「私たちも同じ思いです。だから『最短で』上に戻るためにこうして魔物を避けて移動しているのです。さ、今です。オークたちが遠ざかった今のうちに、静かに向こうの通路へ行きましょう。あそこまで行けば階段はもうすぐです」
彼の微笑みには不安と焦燥と苦味が見えた。細め切れない瞼の間から彼の瞳が見えて、そこで初めて彼の瞳は濃褐色のブラウンなのだと知った。これまで彼はずっとにこやかで糸のように目を細めたままだったから。
振り返るとクレアも似たような表情だった。イリーナさんですら眉根に皺を寄せて耐え難さを露わにしている。
俺は皆に頭を下げると、静かに、かつ素早く移動を開始した。
*
<<迷宮>>の入口の広場まで上がってくると、そこには街兵と魔物の死体が転がっていた。
魔物の死体からは魔石が露出したままだ。魔石を採る余裕もなかったことがありありと窺える。この魔石も透徹魔石だった。
ここまで上がってくるまでの間も、第一階層にも強い魔物がいるのを見かけた。街にまで魔物が上がってきて侵入してしまったのは確定だった。
「誰もいない……みんな死んでしまったのか?」
広場を見回すが生きている街兵はいない。
「いえ、数が合いません。きっと住民を避難させてどこかへ行ったのでしょう」
呟きながら、ボナリーさんは背後の入口から上がってきたゴブリンを短刀で切り捨てた。
道中も危うく魔物に見つかりそうになった時は、魔物が声を上げる前に彼が素早く仕留めてくれたりしていた。それでも彼の眼鏡には血飛沫一つ飛んでいない。
「どこかって、どこよ。私たちはどこへ行けばいいのよ」
クレアが吐き出すようにして尋ねる。
その時にはもう俺の頭の中にはモニカちゃんのことしかなかった。
「俺は、神殿へ行こうと思う」
勝手だと思いながら恐る恐る口にした。
「神殿……そうですね。神殿は山の上で、しかも一本道ですからね。避難して立て籠もるのに適した場所でしょう。そこに皆が避難した可能性は確かに高いですね。私も同行しましょう」
意外なことにボナリーさんから同意を得られた。俺はそんなことまったく考えてなかったので、こんな状況でそこまで頭が回る彼がいてくれて感謝しかない。
「私は街の中心部へと向かいます」
ところがイリーナさんはそれと真逆なことを言い出した。
「どうしてよ! 街中にはもうあのスケルトンみたいなのがうじゃうじゃいるかもしれないのに!」
クレアが叫ぶ。
「ギルドの記録を参照したいのです。この事態の原因を突き止めなければなりませんので。私の予想が正しければ――――これは人為的な災害です」
それだけ言うと彼女は早くも歩き出そうとする。
クレアはその様子に逡巡するように俺たちとイリーナさんの後ろ姿とを見比べると、彼女は思い切ったようにイリーナさんの後を追った。
「……あ~~もう、イリーナ試験官! 私もついていきます!」
「あら、どうして? 街中には魔物がうじゃうじゃかもしれないのに?」
イリーナさんはクレアの言葉を繰り返して首を傾げる。
「どうしてって、あなたが心配だからに決まってるでしょう! 所詮Eランカーでも盾にはなれるでしょうからっ!」
イリーナさんはクレアの顔をじっと見つめると……ふっと微笑んだのがこちらからでも見えた。
「いいでしょう。貴女が負傷した場合は私が治療します」
「そ……っ、そう、治療したら『勘違いしないで、これは任務遂行の為です』とかなんとか言うんでしょう?」
イリーナさんの笑顔がよほど意外だったのかクレアは一瞬呆然とした後、イリーナさんとジリアンさんとのやり取りを持ち出して彼女の声真似をする。
「? いいえ、私を守ると言ってくれた貴女の為ですよ」
イリーナさんが首を傾げて言った言葉に、クレアはとうとう耳まで赤くなった。
「は、早く行きますよ!」
クレアがイリーナさんの腕を引っ張って街へと消えていったのを俺たちは見送った。
「では、私たちも急ぎましょうか」
「はい」
ボナリーさんの言葉をきっかけに、俺たちも神殿へと走り出した。
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