第17話 闇に錨を

 何が何だか分からないがやるしかない。

 前と後ろとに立ちはだかる巨大スケルトンを倒して生き残らなければならないのだ。


 「浄化ホーリー!」


 イリーナさんたちの前にいるジャイアントスケルトンに向かって光の弾が飛ぶ。短縮詠唱で対アンデッド魔術を連発することがどれだけ凄いことかは魔法に大して詳しくない俺でも分かる。

 しかし先ほどの人間大のスケルトンとは違い、巨人の骸骨は灰と化すことはない。光弾が当たった場所からボロボロと埃のようなものが落ちてきただけだ。細かい骨片だろうか。ジャイアントスケルトンが少したじろぐような様子を見せたから効いてない訳ではないだろうが、光魔術一発で何とかなるような存在ではないようだ。


 巨人族の特性としてその身に宿す神秘ゆえに魔術が効きづらいというものがある。詩の中では巨人と同じく魔術の通りづらい特性を持つジャイアントスケルトンを英雄たちが協力して何とか跪かせ、最後に伝説のSランカー、双極剣の使い手ツヴァイスが高く飛び上がって頭蓋骨を割った。という話だったはずだ。

 目の前のこの巨大なスケルトンも、普通のスケルトンがただ大きくなっただけではないようだ。アンデッドの癖に光魔術が通りづらいらしい。頭の形などもところどころが通常の人間とは違うように見える。人間の骨なんてマジマジと見た経験はないから、はっきりとは分からないけど。

 まったく別の存在へと姿を変えてしまうなんて……まるで"進化"したようだ。


 「一筋縄では行きませんね。足にダメージを蓄積させます」


 イリーナさんの狙いは巨人骸骨の足へと向いたようだ。再び魔力を練り、光魔術の準備を始めたのが感じ取れる。


 「ボナリーさん、危ないっ!」


 動き出したジャイアントスケルトンが、足を上げてボナリーさんを踏み潰そうとしている。彼を助けに行くべきだろうかと逡巡していると、ボナリーさんの姿がその場から掻き消えた。

 何処に行ったのかと困惑していると、その姿を発見した。なんと己を踏み潰そうとした巨大な足を掻い潜って、その足をするすると登っていっている。その身のこなしの軽快さに目を疑ってしまった。

 そしてボナリーさんはあっという間にジャイアントスケルトンの頭部にまで登ってしまうと、その頭蓋骨に小さなナイフのようなものを突き立てたのだった。


 「はぁッ!」


 力いっぱいに突き立てたそれは、しかしダメージを与えるには至らなかったようだ。頭蓋骨は骨の中でも特に硬い部位なのだと聞く。この巨人のそれもやはりそこが一番の防御力を持っているのだろう。

 巨人骸骨の手が頭にいるボナリーさんへと伸び、掴まれそうになったところを彼は後ろ向きに頭頂部から跳び下り、宙で一回転して華麗に地に降り立った。

 ボナリーさんはてっきり文官タイプだとすっかり思い込んでいた。それがこんな超人めいた身のこなしを見せるなんて……まるでうたに聞いた<<アサシン>>のようだ。凄すぎる。


 俺も守られてばかりではいられない。きっと、この中でジャイアントスケルトンに有効打を与えられるのは俺だけだからだ。

 ボナリーさんの武器は小さすぎてジャイアントスケルトンの骨を砕けない。イリーナさんの光魔術はジャイアントスケルトンの足を削り続けて今ではヒビが入っているようだが、あの調子では一体を倒すので精一杯だろう。

 だからせめてこちら側のジャイアントスケルトンは、俺の魔法剣で倒さなければ。


 剣に炎を灯らせながら村で聞いた数々の魔法剣士に纏わる冒険譚を思い出す。なぜ魔法剣士が人々の憧れであり、時として重宝される存在なのか。魔法剣士は鉄の刃という現実に魔術というこの世のものではない理を憑依させる。故にその刃は――――現実も、神秘も切り裂く。


 「喰らえっ!」


 刃に宿した炎でジャイアントスケルトンの足を斬りつける。炎に舐られた箇所の骨が黒ばみ……そしてガキンッと青い火花が散って刃が弾き返された。


 「な……っ!?」


 魔法剣の優れた点。それは高い魔力耐性と物理耐性を持つ敵にも通じること。そうおばば様にも聞いていたのに。


 「ノエル様、慌てないでっ! 光属性の魔法剣は使えますか?」


 呆然としてその場に立ち止まってしまった俺を、ボナリーさんが抱えるようにしてジャイアントスケルトンの振り下ろした拳から避けさせる。辺りに粉塵が舞う。


 「いや、それが炎の魔法剣しか、まだ……っ」


 使えないものを使えると言う訳にもいかない。情けない現状をありのままに喋るしかない。口の中に砂ぼこりが入ってくるのが惨めさを助長させた。


 「そうですか……。いいですか、これは評価には響きませんので冷静に聞いてください。貴方の魔法剣には練度も威力も足りません。せめてアンデッドの弱点である光属性を使えればそれを補えたかもしれませんが、それも望めません。だから貴方は今は生き残ることに集中して下さい。この場は私とイリーナでどうにかします」


 試験官さんたちもこんなことになるとは思っていなかったのだろうか。その顔には汗が浮かんでいた。

 だってあのオークみたいに浅い層に見合わない敵が出ることは俺も彼らも知っていた。でもこんな風に突然複数の魔物が格上の魔物に"進化"するなんて初耳だ。酒場でもそれらしい噂を耳にしたことはない。


 俺は打ちのめされていた。俺は何も変わってなんかいなかった。

 身に着けた魔法剣は付け焼刃で、ジリアンさんにも目の前の強敵にも通じない。ボナリーさんとイリーナさんが一生懸命に闘っているのに俺は何もできない。クレアですら光魔術を練り上げているイリーナさんを守るように、ジャイアントスケルトンに向かって槍の穂先を飛ばして注意を逸らしているというのに。

 俺はあの時ゴブリンに足を切られて無様に床を転げていた愚かな新米冒険者のままだ。


 「光の、魔法剣……」


 それさえ使えれば俺にも価値が生まれるのだろうか。なんとかこの場で閃くことはできないだろうか。

 おばば様は言ってくれたんだ、俺には才があると。俺ならきっとできるはずだ。

 目を閉じて集中する。剣の中の世界を感じ取る。今は何もない世界。今まではそこに炎の塔を打ち立ててきた。今度はそこを光で満たすイメージをすれば、きっと……


 「ノエル様っ!」


 ボナリーさんの慌てた声。前方にふっと風を感じて目を開けた。すると目の前には巨大な骸骨の手。


 「ギュぁ……ッ!!」


 ジャイアントスケルトンの一撃をモロに受けた俺は、潰されたヒキガエルのような音を立てながら地面を転がった。全身が打ちのめされ、骨が粉々に砕け、折れたあばら骨が肺に突き刺さって、口の中に鉄臭い液体が溢れてくる。瞼も切れたのか視界が紅に満たされている。

 でも心配はないと分かっている。俺にはハルトさんの加護があるから。

 床に倒れ伏している俺の身体をすぐに黒い靄が覆う。骨の一つ一つが継ぎ合わされ、傷が内臓のものも含めて治っていくのを感じる。


 治癒――――ハルトさんのこれも傷を治しているのだから、光魔術のうち一つなのではないだろうか。この力を使えば、ジャイアントスケルトンも倒せるだろうか。この力なら利用できる気がする。

 よし、イメージするんだ。この手にしっかりと剣を握ったままなことは回復したばかりの神経から感じ取れる。

 剣の中に一つの世界があり、そこに俺の身体を覆っているこの黒い靄を……蔓延らせるんだ。棲まわせ、おかさせ、楔を穿たせるように。剣の中に秘められた世界を、この手を伝って、俺の身体を舐るこのやみに明け渡すように。想像しろ。

 そう、言わば俺が世界にやみを繋ぎ留める錨となるように――――。


 瞼の傷が塞がり、紅かった視界が開ける。

 俺の手の中には黒い靄に包まれ、刀身を昏く光らせる剣があった。

 成功したという手応えがあった。これならきっと俺は目の前の敵に勝てる。


 ゆっくりと立ち上がり、剣を構えると……俺は巨人の骸骨に向かって駆け出した。無茶を止めようとする他人の声が聞こえるが気にしない。


 そうだ、誰かが言ってたじゃないか。冒険者ならば欲深にも自分の命も他人の命も両方助けようとするくらいが丁度いいと。


 「はぁぁッ、喰らえッ!!!」

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